奈良県の北西端に位置する生駒市。その閑静な住宅街に、珍しい移動販売車がやって来ました。花王(株)の「バルクショップ 量るん」号です。
「ごみゼロ」貢献を進める同社が、「容器を捨てない」コンセプトのもと、洗剤の量り売りを行う移動販売車です。それだけではありません。車内には専用歩行計ホコタッチのデータを印刷できるシステムを搭載。いわば“移動するホコタッチスポット”でもあります。
このクルマには、今日地域社会が抱える課題解決への想いが、ぎゅっと詰めこまれているようです。地元自治会、生駒市、そして花王の「協創」による取り組みは、まだ始まったばかりですが、その試みと関係者の想いをレポートします。
自治会が主体の「まちのえき」づくり
人口12万弱の生駒市は、大阪難波まで電車でおよそ20分という好立地。しかも山や丘陵に囲まれる緑豊かな環境から、大阪のベッドタウンとして発展してきました。しかし近年、他地域同様、高齢化や高齢者単独世帯が増加。加えて市民の足となる路線バスの見直しや減便の動きも浮上しています。同市はとくに起伏に富んだ地形のため坂道が多く、公共交通機関の減少は、生活に支障を来すだけでなく、高齢者の外出機会を減らし、フレイル予備群を増やしかねません。
こうした中、市は脱ベッドタウン、「暮らす価値のあるまち」づくりに向けて、さまざまな積極的施策を打ち出しています。
重点施策のひとつが、市民が主役の地域複合型コミュニティ“まちのえき”づくりです。
「家の近くに“あったらいいな”の想いを叶える場(まちのえき)をつくり、そこに人々が集い、エリアを活性化させるものです。主体はあくまでも自治会です」
こう説明するのは、生駒市の吉村寛志氏(地域活力創生部 SDGs推進課 主幹)。市内128の自治会中、現在17の自治会が、“あったらいいな”実現の取り組みを始め、市がサポートしています。
「公民連携」で活発化する自治会活動
“まちのえき”や自治会会館に住民が足を運ぶには、魅力溢れるモノとコトが求められます。市は民間の活力を導入すべく、「公民連携」に力を入れ、4年前に「生駒市協創対話窓口」を設置。
また、3年前には、生駒市に関わる企業・団体等が、それぞれの有する資源や知見等を活かし、目指すゴールや地域課題の解決に向けて連携することで、SDGsの達成や持続可能なまちづくりを推進することを目的とした、「いこまSDGsアクションネットワーク」を発足(ともにSDGs推進課内)。複雑多様な地域課題に対応できるよう、民間事業者との「協創」を進めています。こうして“まちのえき”事業にも、地域住民だけでなく、民間やNPOも参画しています。
今回、花王と連携して、最初に移動販売車の取り組みを始めたのは、萩の台住宅地自治会です。5年ほど前から、日常出る資源ごみの回収ボックスを自治会館に設置。ごみの持ち寄りをきっかけに集う住民たちでコミュニティを活性化させるなど、ユニークな活動を続けてきました。
“まちのえき”に名乗りをあげた同会は、市のSDGs推進課の紹介で、花王の生活講座を開催するなど、以前から民間の力をうまく活用してきました。
「移動販売車」企画はこうして生まれた
では、今回、移動販売車を企画した花王グループカスタマーマーケティング(株)では、どんな経緯からこのプロジェクトが生まれたのでしょう。フィールド部門近畿地区担当の後藤かほり氏にお話を伺いました。
「数年前、幣社近畿地区の社内で、OKR(Objectives and Key Results)という目標管理手法のもと、『2025年を見据えて、自分たちはどうあるべきか』を考える機会がありました。まず、地球にやさしいエシカル販売を進めたい。また2025年には75歳以上が全人口の約18%になり、高齢者単身世帯の増加も予測されます。1人暮らし高齢者にも寄り添えるような活動をしたい。さらに、社員自身もいきいき活躍できる場を広げたい。そんな活動をめざして、賛同してくれる人たちと進めることになりました」
花王のこうした想いと自治会の間をつなげて、今回の取り組みが誕生しました。
「洗剤の量り売り」がもたらす様々な効果
洗剤の量り売りは、萩の台住宅地自治会館内で、まず置き型でスタート(2023年11月)。好感触を受け、今年4月からは移動販売車で実施しています。同自治会に続き、今は、ひかりが丘自治会、生駒台自治会も参加。週2回前後、各自治会へ移動販売車がやって来ます。車体には、「元気におでかけ みんなでeco」のキャッチコピーが見えます。
試みはまだ始まったばかりですが、後藤氏に手応えをうかがってみました。
「洗剤の量り売りによって、容器を捨てない『ごみゼロ』への貢献は、売る側の責任ですが、同時に市民の皆様もエシカル消費の意識を高めて下さっているように感じています」
また、消費者には意外なメリットもあるようです。「対面なので商品の使い方やその商品の良さが伝わり納得して購入しやすいようです。また、適量を購入でき、家も近いので、持ち帰るのが楽で助かる、との声もいただいています」
移動販売車の役割は、これにとどまりません。閉じこもりがちな高齢者が、家を出るきっかけもつくります。後藤さんたちは、とにかくおしゃべりに来て下さい、と声をかけています。「『昨日はひと言もしゃべっていなかったので、話をしたい』と来られる方もいらっしゃいます。『しゃべらない日は声が出ない。だから、来ました』と笑顔で話しかけてくる方もいらっしゃいます」とのこと。独居高齢者にとって、“発話”を生む場の役目も果たしています。
ホコタッチで「歩行力」向上とコミュニケーション促進
移動販売車のもう一つの機能は、専用歩行計ホコタッチの出力システムをクルマに搭載していること。ホコタッチを装着する歩行者が、1ヵ月間の歩行データを印刷できる場所(ホコタッチスポット)も兼ねています。
ホコタッチが健康づくりに果たす役割は、すでに自治体の間でも浸透しつつあります。加速度センサーを内蔵しているので、単に歩数だけではなく、歩行速度(質)も測定し、「歩行生活年齢」などを表示します。
これをサポートをする花王(株)GENKIプロジェクトの立石政明氏は、その特色をこう説明します。
「ホコタッチは、花王が長年培ってきた知見に裏打ちされた専用歩行計です。歩行の課題も明らかになるので、歩き方を意識することで、歩行の質を高め、フレイル予防等につながります。タッチして結果表が出てくれば、販売員との間で会話が弾みます。さらに、ホコタッチという共通の歩行計で計測することで、グループ単位で『歩行生活年齢』や『歩行安定順位』を競い、和気あいあいと楽しむこともでき、住民同士のコミュニケーションを深めるツールにもなります」
ホコタッチスポットを、移動販売車に搭載することで、近所で手軽にタッチして、結果表を見ることができるようになりました。継続への意欲も高まります。
このように、“移動するホコタッチスポット”の登場で、歩行力向上だけでなく、外出のきっかけ、地域のコミュニケーションが、これまで以上に促され、健康増進、地域活性化に貢献できそうです。
“移動販売”の“コミュニケーションカー”に期待!
こうみてくると、「バルクショップ 量るん」号は、エコやエシカル消費、買い物サポートにとどまらず、外出やコミュニケーションの機会を増やします。ホコタッチスポットがより身近になり、歩行の質への気づきと歩行力向上が促されます。
同時に、生駒の各自治会と市が進める“まちのえき”の活性化にも貢献します。まさに“コミュニケーションカー”と呼ぶにふさわしい力をもっていることがわかります。
「生駒ではこれから“移動販売”と“移動支援”がキーワードになるでしょう」とズバリ指摘するのは、長年、萩の台住宅地自治会の会長として地域課題と取り組み、牽引してきた山下博史氏(現・萩の台住宅地自主防災会 会長)です。
その移動販売を「事業化して、生駒市内、さらに全国的に走らせたい」と目を輝かせるのが、移動販売車の提案者後藤氏。
花王GENKIプロジェクトの立石氏は、「自治会の皆様には、ホコタッチを通じて健康づくりを習慣化していただきたい。ホコタッチはコミュニティでの共通の話題作りの役目も果たせます」と強調します。
生駒市の吉村氏も、“まちのえき”づくりでの「公民連携」に、たしかな手応えを感じています。「行政だけで行き届かない市民のニーズ・課題の解決には、民間事業者の知見・ノウハウが欠かせません。民間の力を導入することで、市民サービス向上・地域課題解決の推進力が生まれます。初めて当市で量り売り販売に取り組んで下さるグローバル企業の花王さんと、連携・協力の輪をさらに広げていきたいところです」
まだ始まったばかりの“コミュニケーションカー”ですが、たくさんの可能性が詰まる取り組みの今後に、期待が大きく膨らみます。
※「ホコタッチ」は花王株式会社の登録商標です。
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