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KaoみんなのGENKIプロジェクト

 花王株式会社は、8年連続で健康経営銘柄に、6年連続でホワイト500に選定された。まさに健康経営のリーディングカンパニーであり、その影響は社員や家族を超えて地域社会に広がっている。本稿では、そうした健康経営とプロジェクトの全体像に続き、豊橋市における食生活改善プログラムの事例を取材した。

健康経営銘柄:経済産業省が「国民の健康寿命の延伸」に向け、東京証券取引所とともに2015年から始めた取組み。健康経営に取組む企業を選定・公表することによる株式市場での適切な評価が狙い。日経平均株価を構成する225銘柄のうち、8割強の企業が健康経営度調査に回答している。

 

ホワイト500:  経済産業省認定の「健康経営優良法人」(経済産業省が健康経営推進のため2016年に創設した評価制度)のうち、とくに優秀であると認められた大規模法人部門の上位500社。

 

健康経営:  従業員の健康管理をコストではなく戦略的な経営投資として捉える考え方。アメリカの経営心理学者R・ローゼン氏が1980年代に 提唱した「健康な従業員こそが収益性の高い会社をつくる」という概念に基づく。

花王グループの健康宣言と健康経営

 人財開発部門健康開発推進部長の守谷祐子氏によると、同社は長年にわたり健康に関する研究に取り組んでおり、その過程で得られた様々な知見を製品開発と共に、健康増進プログラムに活用している。健康経営に取り組むきっかけとなったのが2008年の「花王グループ健康宣言」だ。花王グループ最大の資産は「人」であり、その基本が「健康」という考えが根底にある。具現化のための組織「コラボヘルス」を発足し体制を整えると同時に、蓄積されたデータヘルスの研究成果を「見える化」し、社員の意識向上につなげた。2017年には社員だけではなく、その家族の健康促進も行う「Kao GENKIプロジェクト」を開始。健康経営の推進とヘルスリテラシーの高い社員の育成に力を注いでいった。

測ることから始まるソリューション

  プロジェクトマネージャーの上原智美氏によると、「Kao GENKIプロジェクト」のソリューションは二つの方法で実施される。一つ目は「内臓脂肪を測り、暮らしで減らす」方法だ。腹部生体インピーダンス法(※1)を用いた内臓脂肪測定器で断面図や内臓脂肪年齢を「見える化」し、原因説明や改善へのアドバイスを行うことで社員に生活習慣改善への「気づき」を促す。「ショック療養となるのが内臓脂肪年齢」と上原氏。「男性だと100を超えると65~70歳の内臓脂肪年齢となり、皆が『なんとかしなければいけない』と思うようです。」

※1 インピーダンス法:微弱な電気を体に流し、生体の電気インピーダンス特性から体脂肪率を算出する方法。放射線被曝がなく内臓脂肪面積を 測定する、安全性の高い方法とされている。

そうした内臓脂肪を「暮らしで減らす」のが「スマート和食」だ。「しっかり食べて太りにくい食事法」で、食事の「量」(摂取エネルギー)だけでなく、「質」(栄養バランス)、「時間」(いつ食べるか)を工夫することでエネルギー消費を促し、摂取と消費のエネルギーバランスを改善する。高たんぱくで食物繊維が豊富なので満腹感があり、間食が少なくなるという。本社の社員食堂では2014年から「スマート和食」を開始し、現在では国内11事業所で提供している。モニター試験の結果、「スマート和食」の摂取頻度が高い社員ほど大きな内臓脂肪の減少が確認された。

 

ソリューションの二つ目は「歩行を測り、改善を促す」方法だ。まずはシート式圧力センサーを装備した「ヘルスウォーク」で歩行速度やピッチ、歩幅等を科学的に解析し数値化。データから歩行年齢や歩行傾向を提示する。改善を促す仕組みが、加速度センサーを内蔵した歩数計「ホコタッチ」と、これに蓄積されたデータを印刷する「ホコタッチスポット」だ。結果シートでは、歩行の質(速度)と量(歩数)を、6週間の活動カレンダーで振り返ることができる。「次回の目標値も歩行状態に応じて自動で設定されるため、無理なく目標達成が目指せます。」

成果を社会と共有

 社員に対して一定の改善効果が得られたことから、その成果を社会と共有し「生涯現役社会」の実現を目指すために開始したのが「KaoみんなのGENKIプロジェクト」だ。それぞれがイメージする”元気“に近づくことができる、そんなヒントが見つかるのが花王の「KaoみんなのGENKIプロジェクト」だという。花王では、社会の一員として、社員やその家族、社会の健康増進に取り組み、健康経営をめざす多くの企業を応援するサービスを2014年から開始している。

 

自治体から「健康経営」の事業を受託することも増えている。2017年には福島県、2018年には岩手県から地元企業の「健康経営」を支援するプログラムを依頼された。上原氏は「参加企業の8割で効果が見られた」と自信を見せる。

豊橋市との共同

 2020年にプログラムを委託したのが豊橋市だ。同市は2019年から「健やかで幸せに暮らすことができるまちづくり」を進める中で健康経営の支援策にも着手していた。目的は、中小企業従業員の生活習慣改善だ。豊橋商工会議所や協会けんぽ愛知支部と連携し「とよはし健康宣言事業所」認定制度を開始したところ、「従業員の健康増進や社会的な評価が期待できる」と高評価を得た。さらにインセンティブとして公共工事入札における加点評価を加えた結果、2022年3月の時点で認定事業所数が145社まで増えていった。

 

一方で、中小事業者にとって社員食堂の設置や食生活の改善にコストや時間をかけにくい実態も明らかになった。同市は「内臓脂肪を測って減らすスマート和食プログラム」の導入を検討したが、いきなり事業所に採用してもらうことは簡単ではない。そこで、2020年度と21年度、まずは市職員の希望者で自ら取り組むことにした。プログラム期間は3ヵ月間で、まずは「気づき」をもたらすために内臓脂肪を測定し、食生活改善のセミナーを行った。昼食はすべて「スマート和食弁当」(540円、自己負担)で、これは「食べる教材」でもある。

 

週に一度の食事をセルフチェックし、これを管理栄養士がアドバイス。月に一度の内臓脂肪測定のプロセスを繰り返したところ、2年目の2021年度は著しい成果が得られた。35名の参加者の約80%で内臓脂肪が減少したのだ。例えば初回の内臓脂肪量が65~114㎠のグループでは11.4%減、115㎠以上のグループでは14.3%減、と大幅な改善が見られた。また、「暮らし方」や「食事の質」の改善も身についたことが、項目別チェックリストの集計によって明らかになった上、アンケートでも高い満足度が得られた。

「スマート弁当」を楽しむ職員
「スマート弁当」を楽しむ職員

成果を生みだせた背景には、豊橋市、花王、そして地元弁当製造企業の連携がある。市は、「年末年始の過ごし方」という動画を参加者に観てもらうなど、人事課が細やかにサポートした。花王は、参加者の食生活チェックに丁寧なコメントを返すとともに、コロナ禍でオンラインでの的確なアドバイスでモチベーションの継続に努めた。さらに地元企業が、「スマート和食弁当」のレシピを守り、届けてくれたことも大きな力となった。

花王株式会社の健康経営について、守谷氏は「花王は、社員やその家族の健康が”よきモノづくり“へと繋がり、会社が発展し、社会により貢献できるという考えのもと、2008年に『花王グループ健康宣言』を行いました。現在まで様々なアプローチで 健康経営に取り組んでいます」と総括する。また、同プロジェクトについて上原氏は「その知見や方法をみなさまの健康づくりのためにも役立てていただきたいと考えました。それが『KaoみんなのGENKIプロジェクト』です」と述べ、企業活動を通じた健康づくりの協力・支援をアピールする。

 

同社の健康経営に基づく事業は、民間の活力による健康都市づくりの好例として、国内外から高く評価されている。

※「スマート和食」は花王株式会社の登録商標です。

※「健康経営」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。



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