健康都市連合日本支部は「健康都市デザイン指標の活用」について、WHO健康都市・都市政策研究協力センター(WHOCC)(※)との機能連携により多面的に「健康都市度」を評価する指標を作成した。指標の活用により、健康都市に係る各都市の強みや弱みを明らかにし、施策の検討や魅力あるまちづくりの推進に寄与することをめざす。本稿では、第18回健康都市連合日本支部総会(2022年8月)で発表された本指標について報告する。(指標について学術的理解を深めるために開催された第1回~第3回オンラインセミナーの概要は、本誌10号及び11号を参照)
※WHO健康都市・都市政策研究協力センター:健康都市に関する研究、研修、事業支援を行う機関として、東京医科歯科大学がWHOから指定されて1997年に発足した。
WHО健康都市・都市政策研究協力センター/東京医科歯科大学 中村桂子氏 赤星昂己氏
指標づくりのプロセス
度をどのように測るか」について、情報を共有しながら検討を1年間行い、結果を2022年の健康都市連合日本支部総会で報告した。情報共有としてはセミナーの開催や国際大会の案内等を行い、指標策定においては当センターが多数の指標をもとにいくつかのモデルを作成し、それらを各加盟自治体と共有しながら検討を進めた。(図1)
健康都市がめざす「健康」は、「健康決定要因」と呼ばれる複数の要因により多面的に支えられている。(図2)医療はもちろんのこと、教育や環境、産業といった多くの要因があるが、それらに対して「各都市がどのように取り組んでいるのか」を視覚化し、「どのように健康度を高めるのか」について明らかにするには、緻密な数量的評価や分析に加え、地域の状況や行政等の組織が展開する事業の実態とすり合わせることが必須だ。そこで本研究では日本支部加盟自治体と当センターが機能連携し、健康都市のデザインに役立つ指標開発に取り組んだ。
プロセスは4段階だ。まずはオンラインでセミナーを開催し「指標はどのようなものか」、「どのように読み解くのか」、「地域に当てはめるにはどうすればよいのか」について理解を深めた。次に、当センターが都市の膨大な量のデータ(統計)を収集、解析し、「指標をどのように活用できるか」については加盟都市から話を聞きながら最初の指標を作成した。そして、自治体が健康都市の現状を把握しそれをデザインできるように指標を修正していった。(図3、図4)
指標について
「バージョン0」は、2021年8月2日の第1回オンラインセミナーで発表した。ただし、実際の導入にあたっては現場の使い勝手に配慮しなければならない。そこで再び加盟自治体の意見を聞きながら、4点を修正した。
一つ目は目標の再設定だ。当初は「標準化死亡比」(※注釈1)を一つの目標にして計算したが、多くの自治体が「健康寿命の延伸」に取り組んでいるため、「健康寿命にどれくらい関係するのか」というモデルに置き換えた。二つ目は指標の追加だ。実際の健康都市づくりでは、コミュニティ関係等の多様な活動が行われている。そうした健康都市の質を高める285の指標を新たに追加した。三つ目はネーミングだ。当初は「持続可能な健康都市の展開のための指標」だったが、わかりにくいと指摘されたため「健康都市デザイン指標」に変えた。四つ目は視覚化だ。統計の背景を的確かつわかりやすく反映させるために数値を「見える化」した。(図5)
それらを反映させたのが「健康都市デザイン指標バージョン1.0」で、2022年3月末にリリースした。データは人口5万人以上100万人以下の696市区町村から取得。1354種類の指標を「健康を支える13カテゴリー」に分類しながら、主成分分析(※注釈2)により「24の指標」に集約していった。続いて「24の指標」を説明変数、「健康寿命」を目的変数とした重回帰分析(※注釈3)により両者の関連性を調べ、「どの指標がどの程度健康寿命に関係しているのか」を数値化することができた。(図6)
※1 標準化死亡比
(SMR:standardized mortality ratio)
年齢構成の異なる地域間の死亡状況を比較するために、年齢構成の差異を調整して算出した死亡率。通常、全国を100とし、100以上の場合は死亡率が高く、100以下の場合には低いとされる。
※2 主成分分析
様々な領域の多くのデータから、情報をできるだけ損なわずに、より扱いやすく、限られた数にデータを集約していく手法。
※3 重回帰分析
複数の要素から1つのものを予測する代表的な手法の一つ。例えば、身長と腹囲から体重を予測するイメージ。一方の単回帰分析では、1つの要素から1つのものを予測すること。例えば、身長から体重を予測するイメージ。
重回帰分析の結果を図7に示す。「24の指標」と「健康寿命」の関係の大きさについては、偏回帰係数がプラスの方向に大きいものを「+」、特に大きいものを「++」、マイナスの方向が特に大きいものを「--」で示している。また、関連性が統計学的に有意(p値<0.05)(※注釈4)と考えられる指標は「★」で示している。つまり、これらの指標においては、もし関連性がない(偏回帰係数がゼロ)と仮定した場合に今回のようなデータが偶然得られることは生じがたく、実際に関連性がある(偏回帰係数がゼロではない)ことが支持される。
※4 p値(probability:確率)
帰無仮説(否定されることを前提に立てられる仮説)のもとで、観測されたデータ又はそれよりも極端なデータが得られる確率のこと。p値が小さいほど(一般的に5%以下)、その(帰無)仮説では実際のデータとの整合性が悪く、その仮説は支持されないということを意味する。
各市区町村における24の指標の数値を計算すると、その自治体のそれぞれの指標値が全国の平均値に比べて大きいか小さいかを見ることができる。他の自治体と比べることで、その自治体の特徴を把握できるのだ。指標の中には、自治体の地理的な特徴、気候や地形に関係する特徴、歴史的に発展してきた主要産業など、そもそもの特徴を反映するものもある。
さらに、これらの24の指標のその自治体における値と健康寿命との関係の大きさとを掛け合わせて、それぞれの都市の健康寿命への影響の度合いを分析することで、「どのような分野の活動が健康寿命と関係するのか」を明らかにできる。都市の現状を把握すると同時に、「健康寿命の延伸を目指し、将来に向けてどの領域を重点領域とするか」といった政策の立案に有効だ。
このような使い方ができるため、「健康都市デザイン指標」とネーミングした。健康都市の観点から「よりよい健康都市にデザインするために使う指標」という意味だ。
健康寿命との関係の大きさ、関連の有意性は全ての都市に共通だ。健康寿命延伸を見据えた取り組みとして、多くの都市に提案される指標の例には、「地域サポーターの拡充」「ゴミの削減」などがあげられる。自治体ごとに都市の特徴を把握し、健康都市のさらなる推進にむけてのデザインに活用されることを期待する。
総合指標に向けて
今後は、「健康都市度」を総合的に把握する指標の開発も必要となる。今回アウトカム指標に用いた「健康寿命」は、高齢者の健康水準、特に「要介護になるかどうか」の評価を大きく反映している。一方で健康には、子どもや働き盛り、子育て世代といったさまざまな側面がある。総合的な指標には、それらを含めることが必要だ。自治体によって健康都市づくりの重点項目は異なるので、めざす目標に適した指標を用意することが求められる。
なお、WHOが2020年にまとめたガイドラインでは、都市の健康推進のために今後重視される有効な健康都市のアプローチとして、9つの領域を示している。健康都市の取組みが都市住民の健康と都市社会のウェルビーイングを目指すこと、都市内に存在する格差を把握し公平性を確保する取り組みが必要であること、健康都市の政策を推進するガバナンスの存在の重要性が共有すべき価値であることを指摘している。(図8)
謝辞
本機能連携事業には、健康都市連合日本支部事務局(松戸市)、会員各位に多くのご協力をいただきましたことに感謝申し上げます。また、WHO健康都市・都市政策研究協力センター研究員(佐藤文哉氏・東京医科歯科大学社会医学系専門医プログラム、鈴木隆介氏・東京医科歯科大学医学部)の協力を得ました。最後に、健康都市活動支援機構とヘルシーパートナーズ誌編集部のご協力に感謝いたします。
中村 桂子(なかむら けいこ)氏
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 国際保健医療事業開発学分野教授、WHO健康都市・都市政策研究協力センター所長、健康都市連合事務局長、国際学術会議都市保健とウェルビーイング科学委員会委員。
赤星 昂己(あかほし こうき)氏
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 国際保健医療事業開発学分野博士課程、WHO健康都市・都市政策研究協力センター研究員、厚生労働省DMAT事務局新興感染症等対策課 専門職、健康都市連合学術委員会委員。