豊橋市役所が率先して取り組んだ「内臓脂肪を測って減らすスマート和食®プログラム」。
成果を生みだした市、花王、地元事業者の「連携の力」をレポートします。
市が率先して健康経営の普及を促進
東京と大阪のほぼ中間に位置する豊橋市は、人口約37万。農業が盛んで、野菜は全国屈指の産出額を誇ります。ただ、野菜の摂取量が低く、クルマ依存・運動不足の傾向から、糖尿病やその予備群が全国平均より多く、生活習慣に起因する疾患の対策が大きな課題となっています。
そこで市は2019年、「健幸なまちづくり条例」を施行。市民、事業者、保健医療等関係者と連携して、市民が「健やかで幸せに暮らすことができるまちづくり」を進めています。
県との協働事業、健康マイレージは、歩数計アプリをリリースし、気軽に楽しめる健康づくりとして好評です。
健康経営も大きな柱です。企業が従業員の健康を重要な経営資源ととらえ、健康増進に積極的に取り組むことを通じ、生産性や企業イメージの向上にも寄与するものです。豊橋商工会議所、協会けんぽ愛知支部、市が連携し、健康経営普及促進の協定を同年に締結し、健康経営に取り組む事業所を認定する「とよはし健康宣言事業所」認定制度を開始しました。
健康経営を通じて「働く世代」へアプローチを
「健康寿命の延伸に向けては、働く世代の生活習慣の改善が課題です。ただ、豊橋市は中小企業がとても多く、これまでなかなか手が届きませんでした。とくに食生活の改善にはなかなか取り組めません。しかし、健康経営の考え方を導入すれば、企業と連携して働く世代にアプローチできると考えました」
健康経営認定制度の狙いについてこう語るのは、市の健康部 健康政策課の安田恵 主査です。
市は認定事業所を増やすため、さっそくさまざまな施策に着手しました。
企業が取り組みやすい「健康宣言応援事業」のメニューを豊富に用意(ほぼ無料で参加可能)。また、公共工事の入札における加点評価など、参加を促すインセンティブも設けました。
企業側も、健康経営に取り組むことで、従業員の健康増進のみならず、社会的な評価を高め、リクルートなどにもよい効果が得られる、と前向きになっています。
こうして認定事業所数は2022年3月現在、145社にのぼります。
「健康に配慮した弁当」を市役所内で導入
じつは、健康経営認定制度の開始に伴って、市では保健所担当者が事業所を100社ほど訪問。参加を呼びかけると同時に、企業がどんな健康づくりメニューを求めているのか、ニーズを探りました。
「こうした中で、中小の事業所では、社員食堂の設置や食生活の改善にコストや時間をかけにくい実状がわかりました。それでも、職場での毎日の昼食を、栄養バランスのよい食に変えれば、改善が図れるのではないか」――安田氏ら健康政策課では、そう考えました。
前年度、興味深い先行事例も耳にしていました。日本公衆衛生学会シンポジウム(2018年、福島県郡山市で開催)で発表された取り組みです。福島県内のある企業が県の支援を受けスマート和食弁当を社員の昼食として3ヵ月間導入。平行して適度な運動も実施した結果、参加者の8割が内臓脂肪の低減を実現。しかも健康経営に取り組むことで社会的評価も高まり、好循環を生んだ、という事例です(「認定NPO法人健康都市活動支援機構レポート No.19」参照)。糖尿病など生活習慣病のもととなる内臓脂肪に着目し、「内臓脂肪を測って減らすスマート和食プログラム」の活用です。
「この報告を耳にして、たいへん興味をもちました。ただ、この事例を直ちに民間事業所に提案できるかどうか思案し、まずは市役所内でトライアルしてみることにしました」(安田氏)
こうして、2020年度と21年度、市役所内(希望者)で「健康に配慮した食」事業メニューに自ら取り組んだのです。
年末年始を挟みながらも、8割が内臓脂肪減少!
2021年度の年末年始を挟む3ヵ月間のプログラムは下表の通りです。初回、中間、最終の3回、内臓脂肪を測定して、ふだんは見えない内臓脂肪を「見える化」。
最初と最終の2回、管理栄養士(花王)がスマート和食セミナーを実施。「内臓脂肪をためないくらし方と食」を解説。
また各自が週1度、食生活を項目別にセルフチェック。これを管理栄養士がアドバイスします。
そして毎昼、職場に配達されるスマート和食弁当(540円、自己負担)を食べます。これは“食べる教材”でもあります。
スマート和食弁当の一例。「おいしかったです。食べるだけ、無理することなく健康的になった気が」「メニューや組み合わせが勉強になった。魚メニューもこんな味付けがあるんだと発見」「普段なかなか食べることができない食材や栄養素をとることができ、弁当自体がおいしかった」などの感想が寄せられている(アンケート回答から)
2年目の2021年度は、10月から本年1月まで、35名が参加。目を見張る成果が得られました(右表)。
参加者の約80%が内臓脂肪が減少。たとえば内臓脂肪量が65~114㎠のグループでは11.4%減、115㎠以上のグループでは14.3%減、と大幅な改善が見られました。
また、「くらし方」や「食事の質」の改善も身についたことが、項目別チェックリストの集計によって明らかになりました。
終了後の参加者アンケートでも、右グラフに見られるように、おおむね高い満足度が得られました。
プログラム全体については、「健康に対する意識と食の面から改善することができてよかった」「普段の食生活から気をつけるきっかけとなった」「内臓脂肪の減少につながった」等の評価が寄せられました。
また弁当については、「おいしくいろいろ勉強になることが多かった」「動機付けによい。540円と手頃な価格もよかった」「量も味もほどよい」「魚をおいしく食べることができた」「味もおいしく低脂肪高蛋白な食事がとれた」等の声が聞かれました。
今回(2021年度)の取り組みを主管した総務部人事課の今泉英子 主査も、手応えを感じています。「皆さんに、食事や生活習慣の注意ポイントを理解していただきました。大人になってからは食生活を勉強する機会はあまりなかったので、この3ヵ月間で意識がかなり変わったようです。現に定期健診でも、体重、中性脂肪、LDL、血糖値等が下がった人が増えています」。
好結果を生みだした3者連携
こうして、「内臓脂肪を測って減らすスマート和食プログラム」の有用性が豊橋市でも実証されました。とくに今回は年末年始という、食べ過ぎ・飲み過ぎ・運動不足に傾きがちな期間を挟んだにもかかわらず、こうした成果を生みだせた背景には、豊橋市、花王、そして食の製造事業者の3者のしっかりした連携があったことも見逃せません。
例えば市では、「年末年始の過ごし方」という動画を参加者に観てもらうなど、人事課が細やかにサポートしました。
花王(株)も、参加者個々の食生活チェックに丁寧なコメントを返すとともに、コロナ禍でリモートのカウンセリングを行うなど、的確なアドバイスで参加者のモチベーション継続に努めました。
さらに、スマート和食弁当の調理・製造を担当した地元の豊橋造船サービス(株)が、コンセプトに賛同し積極的に参加したことも、大きな力となりました。
弁当を製造する地元事業者の力
そもそもスマート和食は、花王が長年取り組んできた栄養代謝研究から生まれた「しっかり食べて内臓脂肪をためない」食事法です。糖尿病など生活習慣病に深くかかわる内臓脂肪に着目し、これを測定し、食とくらしを通じて減らす、科学的な健康づくりプログラムです。
この食事法の食べる教材がスマート和食弁当で、花王が地域の食の事業者に特許、レシピ、ノウハウをライセンスして実現しています。
今回、担当した地元の事業者、豊橋造船サービスに話を伺いました。
「やりがいがありますね」と微笑むのは、社長の池田昌史氏です。造船業界の従業員の調理を担ってきた同社は、今では広く市民に向けて、配達弁当や受託給食を手がけています。
「幣社では、手間が増えてもこだわる調理を心がけてきました。利益追求に終始するのではなく、時代が求める健康志向にお応えする食を提供させていただく。それが私どもの願いです」
スマート和食弁当は、固定された献立ではなく、食の規格を満たせば、現場の事業者がレパートリーをいくらでも増やせます。
「コンセプトを理解した上で、ときには、その季節や食材に合った方法を幣社から花王さんに提案させていただくこともあります」(池田社長)
花王の担当者・阿部昭仁マネジャーも「豊橋造船サービス(株)様には初年度、技術指導をさせていただきましたが、今年度はさまざまなスマート和食弁当の開発にも取り組くんでいらっしゃいます」と振り返ります。
受託して2年。池田社長は手応えを感じています。「スマート和食弁当は540円。市内の一般の弁当に比べ少し高い、と感じる人もいます。しかし、お客様に内容を理解していただき、共感を得られるようになってきました。『健康測定の数値がよくなった』とスマート和食弁当を継続して下さる方がずいぶんいらっしゃいます。これからニーズが増えてくるはず。そのためには、製造する側ももっと工夫も必要かと思っています」。
このように、豊橋市、花王、豊橋造船サービスの3社のしっかりしたコラボレーションが、今回の優良な成果をもたらしました。
「健康経営の推進には企業との連携が不可欠」
市の健康政策課は、今回のデータを格好の事例として、民間事業所に職場での食生活の改善を呼びかける予定で、働く世代向けの冊子も作成しました。
「健康に配慮した弁当を食べる人と職場を増やしていきたい。そのためには、同時にスマート和食弁当を提供する事業者側も増やすことが課題です」と安田氏は、次のステージに目を向けています。
氏は民間企業との連携を強調します。「健康経営の推進には、企業との連携が不可欠です。花王さんや民間企業のもつ、さまざまなノウハウやサービスをお借りして市民の健康づくりを一層推進していきたいです」。
スマート和食弁当という“食べる教材”を通じて、働く世代の健康増進を図れば、民間企業が元気になります。また、家庭・地域にもその考え方がじわりと浸透し、医療介護費の低減も実現できます。さらに、食を提供する事業者も元気になります。そんな好循環が期待されるところです。
健康寿命の延伸に向けて、民間企業のノウハウ、力をうまく活かした健康経営の好事例がまたひとつ増えました。
※「健康経営」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
※「スマート和食」は、花王株式会社の登録商標です。