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ジェンダー平等と多様なキャリア形成 ~SDGsの達成に向けた千葉商科大学の取り組み~

 2030年の目標年度に向け、日本ではSDGsの取り組みが進んでいる。調査によると、全体の認知度は2019年の16%から2020年の29.1%へと大幅に上昇した。特に学生の認知度は24.8%から45%へと倍増している。(電通調べ)一方で、「SDGsの達成度・進捗状況に関する国際レポート」(2020年6月公開)によると、日本の達成度で「取り組みが悪い方向に向かっている」とされている目標の一つに目標5「ジェンダー平等を実現しよう」が挙げられている。解決にはどのような基盤整備や意識改革が必要なのか。本稿では、女性技術者・研究者のロールモデルとして国際活動をリードする千葉商科大学の橋本隆子副学長をお迎えし、大学の取り組みとご自身の経験を踏まえたジェンダー平等についてお聞きした。

橋本副学長は民間企業の研究職ご出身です。まずはご自身のキャリアをお聞かせください。

 大学卒業後、株式会社リコーのソフトウェア研究所でデータベース関連の技術者として勤務しました。主な研究テーマはテレビ番組の映像要約でした。映像から重要な区間を自動で選び出して要約映像を生成する技術です。NHKや日本テレビなどとともに野球やサッカーといった人気コンテンツのダイジェスト化を手がけました。海外では、ハンガリーやドイツの人工知能の研究所との共同研究が主でした。千葉商科大学の教員に採用されたのは2009年でした。研究テーマはソーシャルデータの解析です。今はソーシャルメディアデータ(ビッグデータ)の解析がテーマで、フェイクニュースや誹謗中傷の検知を研究しています。

 

子供のころからプログラムを組むことは大好きでした。以前はC言語が主でしたが、今は人工知能に使われるPythonという言語をよく使います。プログラムを組んでいる時は幸せですね。学生にも楽しみながら教えています。学生にとっても、プログラムを習得すれば就職に有利です。ITの世界の男女格差は小さく、実は女性にも働きやすい業界であると思っています。

IEEE・WIE(※)への入会のきっかけと議長としての経験についてお聞かせください。

 きっかけは、リコー時代の上司で日本の女性技術者としても有名な國井秀子氏です。彼女が2008年にIEEE 日本カウンシル WIEの会長になるにあたり、事務局長としてお手伝いすることになり、入会しました。

 

その後、私は2011年~2014年にアジア地区のWIE議長になりました。印象的なのは、アジアの女性技術者がすごく元気なことです。実際、インドやフィリピン、マレーシアなどでは日本に比べて工学に進む女性の比率が高くなっています。仕事と家庭をしっかり両立できる環境があることが主な理由なのですが、問題もあります。格差社会です。教授になれるのはメイドを雇うことができる一握りの上位層です。一概に日本と比較するわけにはいきません。アジアのWIE議長としての仕事が評価され、2015年~2016年には世界のWIEの議長に選出されました。欧米、特にアメリカ人女性は強く主張します。理事会でも「女性が4割必要」とはっきり言います。賞の授与でも、女性の受賞者数にこだわります。日本人にとって「出る杭は打たれる」的感覚で言い出しにくいことでも、明確に主張するのでとても感心しました。

IEEE・WIE のリーダーシップ大会(2018 年高知)
IEEE・WIE のリーダーシップ大会(2018 年高知)

※IEEE(アイ・トリプルイー:Institute of Electrical and Electronics Engineers)・WIE(Women in Engineering)

アメリカ合衆国に本部を置く電気・情報工学分野の学術研究団体であり技術標準化機関。WIE は IEEE における女性技術者支援のグローバルネットワーク

千葉商科大学はSDGs の達成に向け、どのような人材教育をされているのでしょうか?

 本学では、2017年に原科幸彦学長が「学長プロジェクト」という、SDGs達成のための全学プロジェクトを開始しました。建学の理念である「治道家(ちどうか)を育てる」が、SDGsのコンセプトと非常に良く一致しているためです。治道家とは「大局的見地に立ち、時代の変化を捉え、社会の諸問題を解決する高い倫理観を備えた指導者」であり、まさにSDGsの達成に向けた人材育成そのものです。2019年には「千葉商科大学SDGs行動憲章」を策定し、取り組み方針を公表しています。

緑豊かな千葉商科大学のキャンパス
緑豊かな千葉商科大学のキャンパス

学長プロジェクトは、4つのサブプロジェクトで構成されています。1つ目が「アカウンタブルな経済社会システム構築への貢献」で、主に情報化社会に対応した透明性の高い会計学の構築を目指しています。

 

2つ目が「CSR研究と普及啓発」です。エシカル消費促進やプラスチックごみ削減など、さまざまな取り組みがあります。例えば真間山弘法寺で開催される「真間あんどん祭り」では、学生が毎年大量の行灯づくりに協力しています。寺や商店街をライトアップし、地域活性化につなげることが目的です。

真間あんどん祭り
真間あんどん祭り

3つ目が「安全・安心な都市・地域づくり」です。本学が地域の避難区域に指定されていることから、防災の拠点として市川市と包括協定を結んでいます。近隣の大学や病院と連携し、国府台コンソーシアムも結成しました。さらにフードロスを防ぎ防災食にもなるメニューも開発しています。レトルトカレー「トリさんのカレー カツオだしの香るキーマカレー」がそれで、学生食堂「The University DINING」で販売中です。

学生食堂「The University DINING」
学生食堂「The University DINING」

4つ目が「環境・エネルギー」で、自然エネルギー100%の取り組みが注目されています。本学は千葉県野田市にメガソーラー野田発電所を所有しており、2019年1月に発電量が消費電力量を上回ることで電力生産100%を達成しました。実績により、2021年1月には「新エネ大賞新エネルギー財団会長賞」を受賞しています。

メガソーラー野田発電所
メガソーラー野田発電所

多くの学生がSDGsの理念に共感し、社会貢献活動に興味を持ち始めています。SDGsを学ぶことが就職に有利になると戦略的に考える学生も多いです。これからの社会、企業活動にとってSDGsは不可欠だと学生は認識しています。

 

私のゼミは、SDGsを情報技術で達成することを目的にしています。現在、500社を超える日本企業が財務やCSR、アニュアルレポート等すべての開示情報を統合した「統合報告書」を発行しているのをご存じでしょうか?目的は投資家に自社の長期的な持続可能性を示すことで、地域貢献や環境保全といった非財務情報も掲載しています。それらは「テキストマイニング」という文字データ分析の研究材料になります。ある学生は「SDGsという単語をどれだけ使っているのか」、「毎年どのように記述を変化させているのか」等を抽出し、企業規模やグローバルな戦略とSDGsとの相関関係を統計的に解析しています。

橋本教授のゼミ風景
橋本教授のゼミ風景

ジェンダー平等について、日本社会の課題と解決方法は何でしょうか?

 特に女性にとってキャリアを中断しにくい社会だと思います。育休や子育てで仕事を辞めると正社員に戻ることがすごく難しい。戻っても、査定が低くなり出世に響く等いろいろな問題があります。私の場合もそうでした。働き方の多様性を受け入れられない国なのかなと。一方、欧米ではいろいろなポジションが用意されており、途中参入しやすい仕組みがあります。日本はピラミッドの頂点に向かって素直に上がっていくことを良しとしてきた社会であり、キャリアにおける多様性が非常に低いと思います。「もう40歳だから」と、年齢にも囚われがちです。特に女性に対してその傾向が強い。欧米では年齢は関係ありません。40歳で転職するのは当たり前で、博士号を取得する人も多いです。

 

日本の社会には、いろいろなことを犠牲にして働くことを尊しとする精神性が根強いとも思います。私もその通りの働き方をしてきました。「橋本さん、頑張っているね」、と言われながら多くの犠牲に耐えてきました。それではいけません。多様な働き方と多様な生き方を皆が意識し、いろいろなキャリアパスがあることを受け入れねばなりません。復帰しやすい、途中参入しやすい社会にすることです。そのためにはキャリアを中断した人に対して支援する必要があると思います。その点、大学は子育て等で一度職場から離れた人材を再教育する機能を持っています。少子高齢化が加速する中、労働力の裾野を広げるためにも重要です。

 

これからの社会は情報学の活用も不可欠です。情報学と他の学術分野を連携し、多様性を尊重できる優れた人材を育成することが課題可決になると思います。

プロフィール

橋本 隆子(はしもと たかこ)氏

 

千葉商科大学副学長、商経学部教授,国際センター長

工学博士(工学)

 

お茶の水女子大学理学部卒業後、株式会社リコーにソフトウェア研究者として勤務。

2009年4月より千葉商科大学准教授。2015年4月より教授。2016年4月経済研究所所長、2019年4月国際センター長就任。

データマイニング、ソーシャルメディア解析の研究を行う傍ら、女性技術者支援の活動も推進。

IEEE・WIE会長(2015~2016)、IEEE MGA Membership Recruitment Recovery Committee 会長(2017〜2018)、

内閣府男女共同参画推進連携会議議員(2013~2015)、

ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ外部評価委員(2016〜 )、総務省国立研究開発法人審議会専門委員(2017〜 )、日本学術会議連携委員(情報学)(2017〜2023)などを歴任。

2019年、IEEE MGA Larry K. Wilson Transnational Award を日本人技術者として初めて受賞。



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