新型コロナが蔓延する中、各国のリーダーは感染拡大を防ぐ一方で社会経済を動かさねばならないという、非常に困難なかじ取りを迫られている。政策レベルでの「人とまちと環境の健康づくり」を提唱する健康都市がこれまで以上に重視されるのは間違いない。どのようにパンデミックに対処し、ポストコロナにおける概念を打ち立てるべきなのか、東京医科歯科大学大学院教授、WHO健康都市・都市政策研究協力センター所長、健康都市連合事務局長の中村桂子氏にインタビューを行った。
パンデミックの課題と対応策について公衆衛生の観点でお聞かせください。
新型コロナは制御困難なウイルスで大変苦労しています。理由は無症状の感染者がいることと発症前後の感染力が強いことです。無症状者や軽症者が多い一方、重症化する患者もいます。人と都市と地球の健康を包括する公衆衛生の観点からいうと、このウイルスは都市化とグローバル化へのチャレンジと言えます。地球規模では、プラネタリーヘルス※を踏まえて今後の対策を練る必要があります。
健康都市連合加盟都市の現状と対策についてお聞かせください。
250の都市すべてで新型コロナ対策が施策の中心になっています。医療を公平に提供することが第一で、医薬品に頼らない対策も地域に合った方法で普及しています。保健所や医療機関だけでなく、自治体のあらゆる部署が対策を講じています。例えば公平な教育や社会サービス、情報発信があります。特に大事なのがリスク・コミュニケーションで、リスクを正しく理解して市民が行動できるよう、工夫しています。
報道では、WHOが日本の新型コロナウイルス対策を評価していると伝えています。この評価についてどうお考えでしょうか?
日本では4月の波と7~8月の波がありましたが、人口10万人当たりの感染者数は、アメリカ、イギリス、イタリアと比べて二桁も低いのが現状です。結果を見るかぎり「日本では適切な対応ができている」とするWHOの評価どおりだと思います。秋から冬にかけての次の波が懸念されますが、特に重症者への医療確保を優先すれば状況の悪化を避けることができるでしょう。国民の了解のもと、楽しみ方や働き方といった生活スタイルを個人と社会レベルで調整することも大切です。
新型コロナにより「健康無関心層」の健康意識は高まっているのでしょうか?
民間のインターネット調査では、「ウイルスの感染症に関心があるか」との質問に4月の時点で80%以上が「関心がある」と答えています。肝心な生活習慣病への関心についてはまだ研究されていません。ただ、感染した場合、高血圧や糖尿病等生活習慣病がある人の方が重症化しやすいとの報告があります。意識変化と行動変容に期待したいところです。「新たな生活様式」では、オンラインでの健康指導が生活習慣病への意識をどのように変えていくのかにも興味を持っています。
「新たな生活様式」にあたり、健康都市を視点とした健康・医療政策の基本的考え方についてお聞かせください。
特に重要な項目を9つ挙げたいと思います。
- 医療の確保が最重要。地域医療の崩壊を防ぐこと。
- 都市の単位では保健医療だけでなく多分野と連携すること。
- 行政のレベルを超えて民間や市民とも連携すること。これには信頼関係が欠かせない
- どのような環境だとリスクが高いのか、市民と情報共有すること。
- 高齢者や一人親世帯、失業者といった社会的に弱い立場のひとを公平に保護すること。
- 文化や風習、宗教等が異なる住民にも公平に配慮すること。
- 偏見を無くすために毅然とした姿勢で臨むこと。制度や情報が身近にあることが大切。
- 保健医療にくわえ、教育や福祉等必要不可欠なサービスを継続的に提供すること。
- 「うつ病」対策等、メンタルヘルス(心の健康)に取組むこと。
新型コロナの影響で活動が困難になる業種が地域単位で出ると思います。サービス形態を変化させねばならず、その間のさまざまな支援が求められます。経済支援や情報提供とともにデジタル技術を本格化させる対策が有効です。
ポストコロナにおいて、健康都市はどのようにレジリエンスを高めるべきでしょうか?
第一が先に述べたプラネタリーヘルスで、第二がBCP(事業継続計画)です。自然災害や感染症が発生しても、事業への影響を最小限に抑えるための方針、体制、手順を示した計画を作るべきです。ただし、新型コロナのBCP作成を医療従事者任せにしてはいけません。行政が部署横断型の体制を組み、民間や市民とも連携して作る必要があります。このことは健康都市の基本であり、今こそ真価が問われているのです。
※プラネタリーヘルス
人類の繁栄を限界づける地球環境に対して多大な影響を及ぼしている人間の政治経済、社会システムに対して真摯に向き合い、文明化された人の健康と地球環境の密接な状態の関係に注目することを通して、健康、福祉の増進と公平な社会を目指すこと。
(原文:Whitmee S, Haines A, Beyrer C, “Safeguarding human health in the Anthropocene epoch: report of The Rockefeller Foundation”, Nov.2015 訳:一般社団法人日本国際保健医療学会)