職域の気分障害治療とリハビリテーションを専門とするボーボット・メディカル・クリニックでは、これまで200人以上の休職者の復職を果たし、復職後再発率ゼロを維持している。本稿では、その経験をもとに、書籍『復職後再発率ゼロの心療内科の先生に「薬に頼らず、うつを治す方法」を聞いてみました』を日本実業出版社から上梓した同クリニック院長の亀廣聡氏に診療の在り方や課題についてインタビューを行った。
再発率0%を達成した治療プログラム
2015年、WHOは世界のうつ病患者数を3億2200万人と推計。最悪の場合、自殺の原因になるとして警鐘を鳴らした。日本の患者数も右肩上がりだ。厚生労働省が実施した「患者調査」によると「気分障害」(うつ病等)の総患者数は2017年には1276万人と過去最多を更新した。特に深刻なのが働き盛りの世代だ。再発を繰り返した後に長期休業につながる症例が多く、企業は対応に追われている。
「気分障害」とはどのような状態を示すのでしょうか?
よく知られている疾病としては「うつ病」があります。しかしながら、うつ病の本態である単極性うつ病や大うつ病と呼ばれる疾患は実感として、臨床現場であまり出会うことがありません。あくまでも私見ですが、職域のメンタルヘルス問題で最も多い疾患は①双極スペクトラム障害のタイプと②発達スペクトラム障害のタイプの2つです。
①の双極スペクトラムタイプは、エネルギッシュでアイデアマン、積極的、行動的で、休日出勤や残業も厭いません。しかし、行き過ぎて突然エネルギーがダウンすることがあります。一言で言うとコントロールの障害です。元気だったはずの社員が突然退職を希望することもあります。
②の発達スペクトラムタイプは物静か、集団より一人を好む(コミュニケーション下手で孤立しがち)、狭いが深い専門的知識、争いや競争を好まない、人よりも物に対して興味を示す特徴があり、こだわりが強く、敏感な感性の持ち主(時に過敏)です。一言で言うと、コミュニケーションとマネージメントが苦手な究極のナチュラリストです。メンタルヘルス不調に陥る人は上記①か②かではなく、①と②のいずれの特徴も持ち合わせているタイプの人です。
①と②の混合割合によってそのひとのキャラが全然違うように見えます。例えばオレンジ色は原色の赤と黄でできる色ですが、それぞれの調合によっては一言でオレンジ系と言っても全く違う色に見えます。さらにどういう環境でその色を見るかによっては何十、何百通りにも見えるものです。
双極性障害では「そう状態」と「うつ状態」を繰り返し、脳内の情報を伝える神経伝達物質が変化し、感情や思考、意欲等の脳の機能がうまく働かなくなることにより生じます。双極Ⅱ型障害では躁状態が目立たないため、うつ病と誤診されやすく、診断がつくのに何年もかかることもあります。原因や発生の過程ははっきりしていませんが、遺伝子の関与に加え、育った環境、周囲からのストレス、病前の気質等が関係するとされています。
うつ病が世間ではもっとも有名ですが、うつ病と区別がつきにくい、かくれ双極性障害の患者さんが大勢いらっしゃるのではないかと考えています。双極性障害の場合は抗うつ薬は無効ですので、何年もうつ病を患ってるとしたら、診断がつきにくい双極性障害かもしれません。
発達障害においては環境調整がとても重要となります。得意なことと苦手なことがはっきりしてるのが特徴ですので、その人の個性を把握して、苦手なことは周囲がサポートして、得意なことをドンドンさせることでその人の困り感を軽減したり、仕事の効率を上げることも可能です。
診断で最も重視することは何でしょうか?
問診です。当院では患者さんに予め記入いただいた問診表に基づき、2日間にわたりのべ6時間ほど実施します。その間に治療方針を説明し、理解を得ることも欠かせません。「初診に6時間もかけて、すべての患者さんを診ることができるのか?」と思われるでしょう。実は、来院するすべての方を診るわけではありません。「睡眠薬が欲しい」、「主治医が休みだから薬を出して欲しい」「退職や休職の目的で診断書だけ欲しい」「高齢者の物忘れ相談」といった診察依頼が月に40~50件あるのですが、全てお断りしています。当クリニックでは開院以来、対象を「働く世代のメンタルヘルス疾患」と定め、それ以外の疾患は診ないと決めているためです。
理由をお聞かせください。
私は医療は配給制だと思っています。日本の医療は国民皆保険制度で成立っており、財源は税金です。納税者が働けなくなると制度が崩壊してしまう。働く人々の健康を最優先する必要があるのです。
当クリニックの姿勢は、宮沢賢治の「注文の多い料理店」のそれと重ね合わせてもよいでしょう。山中のレストラン「山猫軒」が道に迷って来店した二人の紳士に対して次々と奇妙な「注文」をくり出す物語で、食べる側と食べられる側 の立場が逆転してしまうユーモラスな名作です。
傾聴と共感はどの領域の医療においても基本であり最も重要である事は間違いありませんが、精神科においては患者さんの言うことを全て鵜呑みにして応えるべきという誤解があるように思います。特に気分障害圏の患者さんの場合、「仕事を休みたいから」「復職したいから」という理由で診断書を「注文」することがよくあります。しかし、それだけ聞いてしまうと治療に支障をきたすことになる。逆に我々が「注文」する側に回らねばなりません。
例えば生活習慣や生活リズムの改善のために「毎朝の起床時刻を一定にし、起床後十分に日光を浴びる」「ゆっくり呼吸を心がける」等を、脳内情報処理の改善では「ある出来事を、マイナスに解釈するだけでなく、プラスに解釈する練習をする」「円滑に仕事や生活を進めることのできる行動パターンを工夫する」といったことを事細かくコーチングします。患者さんには、こちらの「注文」(医療的コーチング)を聞いていただくことが回復に結びつくのです。その為に治療初期に患者さんのおかれている環境、ライフスタイル、嗜好、その他多くの情報を把握しておくことが大切です。また、その人の能力に応じたゴールを設定し共有することもとても重要です。
そうした働く世代のメンタルヘルス問題に精神科医療は十分応えているのでしょうか?
ここに興味深い新聞記事があります。厚生労働省が2017年に実施した企業向け調査に関するもので、うつ病で病気休暇を取った会社員の47・1%が職場復帰から5年以内に再発し、病休を再取得したと報道しています。記者は職場環境が原因と指摘していますが、私はそればかりでは無いと考えています。再発するのは病が寛解していないのに職場復帰した結果です。
さらに問題なのは診断です。近年うつ病が増えていると言いますが、厳密にはそうではありません。2015年に大手広告代理店の新入社員が過労自殺した事件では、職場環境とうつ病が原因と報道されました。しかし報道内容からその方のプロフィールを知る限りでは、双極Ⅱ型障害のタイプの可能性があると思いました。元気でバリバリ仕事をこなす時とやり過ぎて落ち込む時を繰り返す慢性疾患で、大勢の潜在的な患者さんが存在します。
法律用語では双極性障害が一括りにうつ病と表現される事もあり、混乱をきたす原因になっていると思います。メディアや報道においても「メンタルヘルス不調」=「うつ病」と一括りにされています。患者さんは、うつ病は聞いたことがあり、ざっくりと知ってるつもりになっている。医師としても「軽いうつ病です」と伝えると患者さんが安心してくれます。うつ病と診断すれば説明に時間はかからないし、薬でその場は解決できるのです。ところが、うつ病と症状が似ている双極Ⅱ型障害では治療内容は異なります。前者の治療は抗うつ薬の処方と家庭での十分な休養が基本ですが、後者に抗うつ薬は効きません。むしろ症状を悪化させ複雑化することさえあるので抗うつ薬投与は慎重でなければなりません。
どうすればよいのでしょうか?
代わりに有効なのが、「リワーク」と呼ばれる精神科のリハビリテーションです。「リワーク」とは、「元の職場に戻ること」を意味する和製英語です。しかし、単に職場復帰するだけでは十分ではありません。その後もつらい症状を再発させることなく継続して就労することが出来て「本当の復職」と言えるのです。
ところが、このような再発予防まで包括した治療を行なっている専門医療機関がまだまだ少ないのが現状です。「リワークリハビリ」なしで休職中にブラブラしていた患者さんから「そろそろ職場復帰したい」と言われ、復職可の診断書を書くべきではありません。
その点、当クリニックでは「対人関係社会リズム療法」に基づいた「リワーク」リハビリテーションプログラムを採用しており、結果、5年再発率0%を達成しています。47・1%との差は何がもたらしたものなのか。治療の中身であることは明白です。
0%を達成した治療方針や内容についてお聞かせください。
「リワーク」プログラムではまず、セルフコントロール力を高めるために、自分自身の問題に気づくことから始めます。不調時には環境や人間関係など、つい自分の外側の問題に目が向きがちになります。悪循環を断ち切り、問題解決志向型の行動を起こすためには、自身のコンディションを整える必要があります。そのために、まずは睡眠や栄養、運動といった生活習慣の改善、自身の状態や行動を客観的に把握するセルフモニタリング、医学的根拠に基づくストレスの対処法を身につけてもらいます。例えば、お酒の力を借りて睡眠をとろうとしていたり、既に睡眠薬などを飲んでいる患者さんならば、この時期に「アルコール断ち」や「睡眠薬断ち」を行ないます。
フィジカル面では、緊張を和らげるためのストレッチングや呼吸法、自律訓練法、筋弛緩法等を実戦形式で練習します。薬に頼らず脈拍や呼吸、筋緊張を最適にコントロールすることでリラックスできるようになります。
次に対人関係で問題を生じさせるストレスを減じ、規則的な日常リズムを維持できるようグループセラピーを行います。当クリニックでは「対人関係社会リズム療法」を採用していますが、プログラムは「治療導入期」「維持期」「復職準備期」「リハビリ出勤期」の4つのシーケンスに分かれており、医師と作業療法士2名、看護師1名、公認心理師2名による多職種チームによる治療を行います。
当クリニックでは、様々な段階の回復過程にある患者さんがグループセラピーの場を共有します。復職準備期にある患者さんが、治療開始まもない患者さんと同じグループになることもあります。復職間近な方はすでに治療者並のレベルに達しており、その発言には重みがある。寛解状態に近い患者さんの発言が他の患者さんに良い刺激となるのです。復職後は、週末を利用してセラピーに参加する人も大勢います。復職後再び仕事に追われる自分に気づき、修正をはかるのが目的です。
こうして自分で振り返り、気づき、病気の再発を予防しコントロールしていくのです。復職には職場の理解や協力が不可欠ですが、その点について次のような工夫をしています。一つは「復職準備期」に各自が作成する「自分取扱説明書」と呼ばれるマニュアルの存在があります。 そこには職場で何か起こった時の解決策等が記されており、職場と共有いただきます。
もうひとつは、職場むけのメンタルヘルスセミナーを定期的に開催(毎月2回)していますので、休職から復帰する従業員を受け入れる職場はいつでもこのセミナーに参加できるシステムを構築しています。
さらに当院専属のEAP(※1)コーディネーターが人事担当者等と連携を取りながら情報を共有し、スムーズな復職とその後のフォローまでサポートしています。当クリニックは現在30社ほどの顧問先企業がありますが、復職後も上司や人事担当者から、様々な助言を求められます。
私たち精神科医はサッカーの審判の様に試合を中断させてプレーヤーをフィールド外へ出す役割も担っています。(休職や復職時の判断)しかしながら、いつまでもイエローカードやレッドカードを切ってるだけでは就労の継続性は保てなくなります。私たちは同時にラグビーのレフリーの様にプレーヤーに常に語りかけ、ゲームを中断させない様に導く役割も担うべきです。「働きながら整える」、「整えながら働く」ことが可能であれば再発率は限りなくゼロにできるはずですから。
当院では治療のパートはクリニックが担い、再発予防や職場でのメンタルヘルス啓蒙活動(職場での研修会開催のお手伝いなど)はSEAPO(※2) という名前のEAPサービスをご活用頂いております。クリニックが患者さんの主治医の役割とすれば、SEAPOは企業の主治医と言えます。メンタルヘルスケアという切り口で様々な企業の健康経営のお役に立つことができたら幸いです。
※ 1 EAP:Employee Assistance Program(従業員支援プログラム)
2 SEAPO:Stress Care Employer Assistance Programe Office(ストレスケア雇用者支援プログラムオフィス)
プロフィール
亀廣 聡(かめひろ さとし)氏
ボーボット・メディカル・クリニック院長・精神科医、日本うつ病学会双極性障害委員会フェロー 、日本医師会認定産業医 、日本精神神経学会認定精神科専門医 、厚生労働省指定研修指導医 、精神保健指定医、認定NPO法人健康都市活動支援機構理事
関西医科大学卒業後同脳神経外科入局。大阪府立中宮病院精神科勤務を経て、民間病院に勤務。のちに院長就任。
うつ診療の構造化と休職者のリワークを先がけて試行。院内処方単剤化に取り組み、入院、外来処方から睡眠薬、抗不安薬のすべてを一掃した。薬に頼らない医療を実践し多くのメディアが注目。その後、独立し2013年リワーク専門の心療内科「ボーボット・メディカル・クリニック」を設立。睡眠薬、抗不安薬ゼロ処方を実践し、薬に頼らない治療モデルを展開している。漢方処方と多職種チーム医療を基軸としたリワークプログラムを構築し、7年間で支援した復職者は200人以上に及ぶ。現在もなお再発、再休職率0%を維持している。「社員のこころのケアから健康経営のお手伝いまで」を担う独自のEAPサービス“SEAPO”を数多くの企業へ提供している。現在30数社の企業、団体とアライアンス契約を結び企業のメンタルヘルスの主治医として活躍している。