いつまでも自立して生活するための基盤であり、生活習慣病や認知症の予防にもつながる「若々しい歩行」。それを促す歩行改善プログラムが福島県白河市で行われ、改善の効果がはっきり現れました。県・市・民間企業の3者連携による成功の要因は――。
健康都市活動支援機構レポート No.16
3ヵ月で「歩行バランス年齢」、「歩行スピード年齢」が若返り!
自治体にとって喫緊のテーマである介護予防や健康寿命延伸。これを切り拓く決め手の1つが、適正な運動習慣、とりわけ「歩行」です。歩数とともに、歩行のスピード、バランスなども健康に関係することが近年わかってきました。
この課題に正面から取り組み、3ヵ月間で目を見張る成果を挙げたのが、福島県と白河市、花王㈱が連携した「50代からの歩行改善プログラム」です。
歩行のバランス年齢、スピード年齢の若返りをもたらし、膝痛を生みやすい歩行傾向も大幅に改善。何よりも参加者の評価が高く、途中でリタイアする人はゼロ。「また参加したい」との声も90%を超えました。
このプログラムの内容と意義、そして、これを進めた3者(福島県、白河市、花王㈱)の連携の力について、レポートします。
民間のノウハウを活かす「先駆的健康づくり」を市町村から
「福島県では、2011年の東日本大震災と原子力災害の影響等により、生活習慣や生活環境が変化し、健康指標が悪化しました」。こう語るのは、福島県保健福祉部 健康増進課の菊池とも子主幹です。
メタボリックシンドローム該当者の割合は、2010年の全国ワースト14位が、大震災4年後には同3位となり、以降も同レベルにあります。
こうした中、県では健民(県民)・行政・民間が一丸となる「健康長寿ふくしま推進事業」を、「食・運動・社会参加」を3本柱として総合的に進めています。
「県としては、生活習慣病の予防・改善に向けた効果的、かつ効率的な取り組みが強く求められるところです」と菊池主幹は重点課題を指摘します(その1つである「元気で働く職場」応援事業については「NGO健康都市活動支援機構レポート」19号で紹介)。
2017年度から福島県で始まった「市町村先駆的健康づくり実施支援事業」も、生活習慣病予防対策の事業です。民間企業のノウハウを活用して、地元の市町村での先駆的な健康づくりを創出するもので、これを福島モデルとして全県展開していくことも視野に入れた重要なプロジェクトです。初年度は5市町村が参加し、2018年度には15市町村に増えています。
「この事業は、県民に身近に接している市町村が、実状に合った健康づくりを民間企業と協働して進めることを、県が補助するものです」(福島県 菊池主幹)。
今回、白河市で開催された「50代からの歩行力改善プログラム ~若々しい歩き方が習慣化できる~」もその1つです。白河市が花王提案の歩行若返りプロジェクト事業を採用し、これを県が予算補助して実現しました。
白河市が「歩行改善プログラム」を選んだ理由
では白河市はなぜ、複数の民間企業の提案の中で、花王の歩行改善プログラムを採用したのでしょうか。
市の保健福祉部 健康増進課の飛知和 利彦課長(兼 中央保健センター所長)は、まさに市の健康課題と合致していたと説明します。
「市は、すでに2016年度から歩行を推奨する『白河いきいき健康マイレージ事業』をスタートさせていました。肥満・生活習慣病の改善、健康寿命の延伸、医療費や介護給付費等の削減を目指すものです。ただ、課題がありました。ここはクルマでの移動が多く、また那須山からの強風や冬季の積雪もあり、歩行の習慣が十分ではありません。また、心がけても1人でただ歩いているだけでは続かなかったり、効果が見えにくいなどの難しさがありました」
こうした中で、花王の歩行改善プログラムと出合ったのです。「これだ!と思いました。歩行力を解析し、正しい歩き方をデータを使ってわかりやすくアドバイスしてくれ、市民が楽しく参加できそうです。これなら参加者の意識の向上、継続も図れると確信しました」(飛知和課長)。
科学的に解析し、改善を促す2つのシステム
「50代からの歩行力改善プログラム」は、
① 歩行基礎力測定会・・・開始時と終了時に開催
② 歩行の量(歩数、時間)と質(速度)を測定する歩行計の装着・・・3か月間から構成されます。
2018年10月15日、最初の「歩行基礎力測定会」が開催されました。参加者は花王の「ヘルスウォーク」システムで一人ひとり歩き方を測定・解析してもらい、歩行のバランス年齢、スピード年齢、歩き方のクセについての説明と、改善に向けたワンポイント・アドバイスを受けます。またこの日、歩行計「ホコタッチ」が渡されます。
その日から、参加者は日々「ホコタッチ」を装着して歩行に取り組みました。歩行計には、歩数だけでなく、日々の「歩行生活年齢=その日の歩き方がどれだけ若々しかったか」が表示されます。そして月に1回は、中央保健センターにある「ホコタッチステーション」に出かけ、「ホコタッチ」をタッチします。すると、その月の歩き方を解析したレポートがもらえるのです。その際に保健センターの職員と面会し、応援やアドバイスをもらえます。
3ヵ月後の2019年1月15日、再度「歩行基礎力測定会」で歩き方を測定・解析。変化を確認しました。
このプログラムの特徴は、「ヘルスウォーク」、「ホコタッチ」という2つのシステムを用い、「歩行」を科学的にわかりやすく「見える化」し、歩行改善・健康づくりを促すことにあります。
① 【歩行基礎力測定会】「ヘルウォーク」システムにより、歩行機能をチェック。速度、テンポ、歩幅、歩隔(左右の足の幅)、つま先角度、まっすぐ度、片寄りの7つの要素を分析し、性別・年代別標準値と比較し、解析する。これにより、「歩行バランス年齢」や「歩行スピード年齢」を示すとともに、転倒や筋力低下、腰痛、ひざ痛などになりやすい傾向も表示。データをもとに、花王の研究者がアドバイス。
② 【ホコタッチ】加速度センサーを内蔵する歩行計「ホコタッチ」を装着して歩くと、毎日の歩数と歩行生活年齢がわかる。ホコタッチ・ステーションにタッチすると、1か月分の歩き方を解析したレポートが出力でき、参加者のモチベオーション維持につながる。
しかも、「ホコタッチ」システムでは、家族や一緒に歩く仲間と、健康についてコミュニケートする機会が増えます。また、ホコタッチ・ステーションではお世話役の方と参加者の接触ができ、応援やアドバイスができ、継続を助けます。今回はステーションとなった市の保健センターに参加者が赴くことで、行政との距離が近くなり、パンフレットなど健康情報に触れる機会も増えたとのことです。
こうした活動の結果、終了時の歩行基礎力測定会では開始時と比べ、歩行バランス年齢が52.1歳から50.5歳へ、歩行スピード年齢が42.1歳から28.3歳へ、若返りました。参加者も結果を見て大喜びです。
高い参加継続率を生んだ理由
今回参加したのは、50歳以上、74歳以下の条件下で応募した約70名です。夫婦での参加も10カップルありました。
市の方によると、これまでの健康催事に比べ男性の参加も目立ちました。「教室に集まる催しは、男性には面倒に感じられがちですが、今回は歩くだけ。しかも取り組んだ結果がプリントアウトされるので、やりがいが生まれ、男性にも好まれたようです」と市は分析します。
通常、このようなプログラムでは継続率が徐々に下がってしまうものですが、今回は3か月間の継続率がほぼ90%と極めて高く、これも市が注目するところでした。
参加者へのアンケートでは95%の方が「よかった」「ややよかった」と回答(右上表参照)。参加者のほとんどが「また参加したい」と希望。生活習慣の改善には欠かせない「継続」の率が高かったことは、プログラムの有効性を証するものといえます。
参加した方々に感想を伺ってみました(詳細は右のカコミ参照)。「今までとは違い、意識して歩くようになった」「数値で確認できるのがとてもいい」「しっかりやれば結果が出るので、やりがいがある」「夫婦で互いに会話しながら取り組めるのがよい」などの声があり、参加継続率が高い理由が見えてきました。
市が進めている「白河いきいき健康マイレージ事業」で、様々なインセンティブを設けたことも、功を奏しました。
参加者に感想を伺いました
◎夫婦(ともに70代前半)
「夫と毎日楽しく歩けました。スマホで歩数だけを見ていた今までとは違い、スピードも意識するようになりました」(女性) 「ゆっくり歩いていると、歩行スピード年齢が90歳になってしまう(笑)。しっかりやれば必ず結果が表れるので、やる気になります」(男性)
◎女性(60代前半)
「参加できて、よかった。仕事をしているので、教室やサークルへの参加は難しいが、この催しなら参加できます。継続できそう。企業がモノだけでなく、研究成果をこうして還元してくれるのはありがたい」
◎夫婦(ともに60代半ば)
「夫の分も含め、申しこみました。歩行生活年齢を互いに競いあっています(笑)。測定で指摘され、踏みこみを意識して歩くようになり、食事がおいしくなりました。1ヵ月に1度、保健センターで市職員に参考意見もいただき、励みになりました。民間会社と手を組むのもいいことですね」(妻) 「力の入れ具合が今までとは違った。自分の健康意識も高まる」(夫)
◎女性(60代前半)
「ホコタッチを付けてから、意識して歩くようになり、歩行生活年齢が若くなりました。最初の測定で、腰痛の傾向を見抜かれ、驚きしました。アドバイスの通りに、五本指に力を入れて大股で歩くようにして、スピード年齢が20歳になりました」
◎男性(60代半ば)
「最初にシート上を歩いたら、腰痛があることを当てられ、びっくり。最後は歩行速度も速くなり、いろいろ気づかされました。こういうことはどんどんやってもらいたい」
◎女性(60代前半)
「今まではスマホでたまに歩数を見るくらいでした。参加し、歩行生活年齢がよくなりました。白河の冬は風が強いし、歩くのはきついですが、ホコタッチがあると、犬との散歩の励みになります」
◎女性(60代)
「はじめの測定会で歩き方がアンバランスとわかり、アドバイスに従って歩行に気をつけたら、それまでの膝の痛みが次第に治まり、終了時の測定会で実際に改善結果が出ました」
民間の力を活かした「協働」が成果をもたらした
福島県は十分な手応えを感じています。「これまでの市町村さんの健康づくりにプラスして、民間企業の専門的知見・ノウハウを活かしてバージョンアップしたことで、一層の波及効果が生まれています」(福島県 菊池主幹)。「私たちにはないノウハウ、斬新なアイディアをお持ちの企業さんの参画で、参加された方々が楽しみながら取り組んでいるのがよくわかりました」(福島県 鳥越主任保健技師)。
市も同様です。「これだ!との予感が的中しました。途中で離脱される方がゼロだったのは、なかなかないことです。ふだんから正しい歩き方を意識する方が増えています。やはり継続性をもたせる“手だて”が大事だと思いました。花王さんのノウハウを利点として活かせたことがよかったと思います」(白河市 飛知和課長)。「企業が蓄積してきた科学的根拠に基づく評価が出てくることが、参加者のモチベーションを上げました」(白河市 木田係長)。
民間企業の力をうまく活用したことが、好結果を生んだ大きな要因と指摘しています。
「中強度の歩行」は生活習慣病や介護だけでなく、認知症の予防にも
花王は改めて、歩行の「質」の重要性を強調します。
「すでに米国の研究では、歩行速度が速い人ほど、高齢になっても生存率が高いこと、歩行速度が将来の健康状態を左右することがわかっています。また、認知症発症では歩行速度の速い人と遅い人では、発症リスクが1.5倍も違うことが明らかになっています。
弊社でもこの10年ほど、歩行についての研究を重ね、“動ける体づくり”には歩行の量と質の双方を向上させることが重要であることがわかりました。ただ漫然と歩くのではなく、意識した中強度(汗をかく程度)の歩行は、生活習慣病やロコモティブシンドロームの予防だけでなく、脳を活性化させ、認知症の予防も期待できます。
今回、歩行を科学的に解析する『ヘルスウォーク』、『ホコタッチ』を、健康の維持・増進を促すツールとして活用していただき、市民の皆様の歩行改善に寄与できたことを、たいへんうれしく思っております」
花王㈱事業ESG推進部 部長(健康ソリューション) 森本聡尚氏
「歩行の改善」を通じて、健康寿命の延伸へ
今回の成果を踏まえ、県が次に見据えるのは、県全体への波及です。「継続して、来年度も予定していきたい。今回は15市町村でしたが、民間企業と連携しながら、県全体の底上げを図りたい」(県 菊池主幹)。
白河市もプログラムの拡大を目指します。「健康意識が高まっています。来年度は今回の倍の140名程度を予定しています」(市 飛知屋課長)。
花王も健康寿命延伸の取り組みに意欲的です。
「超高齢社会を迎えたわが国において、高齢者の生活の質(QOL)の向上・健康維持・増進および健康寿命の延伸に貢献する取り組みは重要なテーマです。『ヘルスウォーク』および『ホコタッチ』を団体に向けて提供していますので、地域・職場の健康づくりに活かしていただければ幸いです」(花王㈱ 森本部長)
“健民”・行政・民間が協働で取り組んだ今回のプログラムは、今まさに求められる健康増進スキームの好例といえるでしょう。