第8回健康都市連合国際会議がマレーシアサワラク州クチン市で開催された。テーマは「我々の都市、我々のSDG、我々の旅」で、持続可能な開発目標(SDG)の重要性と、その実現において都市が果たす役割について講演やセッション、展示が行われた。本稿では、次世代の健康都市を見据えたトレバー・ハンコック博士による基調講演の概要を紹介する。
第8回健康都市連合国際会議
期間:2018年10月17~19日
会場:ボルネオコンベンションセンター
主催:サラワク州政府、健康都市連合、マレーシア健康省ほか
共催:WHOほか
SDGsの5分野
まず、SDGsについて考えてみましょう。どれか1つを選ぶメニューではなく、全体が1つのセットであると理解してください。17の目標がありますが、私はまず表1のように4つに分類しています。1~3のカテゴリーが4の「責任ある経済発展」につながる図式です。重要なのが、経済発展は人類や社会、自然環境に貢献しなければならないことです。経済の指標にGDP(国内総生産)がありますが、そこには煙草をはじめ人や自然を害する生産物が含まれています。したがって、GDPで経済発展を測るのではなく、別の指標を用いなければなりません。
ところで、私が2つの目標を入れていないことに気が付かれたことでしょう。まちづくり(目標11)とパートナーシップ(目標17)です。私は目標18を「参加」とし、5つめのカテゴリーとして「すべての人々の参加」を加える必要があると考えます。まちづくりをここに入れたのは、「参加」が大前提だからです。
人新世
「持続可能性」は広義で「健康」と同義であることから、持続可能な都市は健康都市と解釈できます。したがって、健康都市で括るSDGsは表2のようになります。今までの健康都市は、主に1と2が中心でした。そこで本日は、3と4の生態系と責任ある経済発展に焦点を当てます。我々は今、新たな地質時代を意味する「人新世(ひとしんせい):アントロポロセン」時代を迎えています。人類が地球の生態系や気候に大きな影響を及ぼすようになった地質年代です。自然を征服する人類の努力は成功を収め、後世の地質記録に「人新世」として刻まれようとしているのです。
特徴は、表3の地質学的含有層です。「人新世」は、気候変動だけでなく、海洋酸性化、オゾン層破壊、資源枯渇、生態毒性汚染、種の絶滅をも引き起こします。しかもその変化は、過去50~70年間の短い期間にかつてない規模と速さで進行しているのです。
人類が地球環境に与えている負荷を表す指標に「エコロジカル・フットプリント」があります。人間一人が生活を維持するために必要な面積を算出したもので、数値の大きさは負荷の大きさを意味します。1970年、全人口が生活するためには、地球1個が必要でした。ところが2004年には早くも地球1.5個が必要になってしまったのです。地球は1個しかないので、人類は消費や汚染を減らせねばなりません。
同時に「プラネタリー・バウンダリー」も深刻な状況を示しています。これは、境界内であれば持続可能な発展を続けられるが、それを越えると取り返しのつかない環境変化が起こる可能性を表しています。人類が地球環境に与えている負荷は飽和状態に達しており、気候や生態系等のレジリエンス(回復力)が限界を超えると、不可逆的変化が起こりうるというのです。図の緑色の領域は安全圏内にある人間活動を示し、黄色の領域は安全な領域を超えているかもしれない活動を、赤い領域は安全な領域を超えた活動を示しています。また、疑問符のついた灰色の領域は、安全領域がまだ決定されていない人間活動を表しています。現在、生物多様性の欠損と人為的に放出された窒素とリンの量において限界点を超えたことがわかります。
IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)の報告(2013年)によると、「2030年以降、二酸化炭素排出削減努力があったとしても、地球温暖化を1.5℃に抑えるものではない」としています。これは世界平均気温変化が2度上昇する危険性を示唆するものです。左の図は、20世紀後半における人間活動の爆発的増大を指す「グレート・アクセラレーション」のグラフで、1750~2010年の世界の社会経済活動を表しています。1950年を境に、すべての指標が急激に増加していることがわかります。
これらは健康にどう影響するのでしょうか?人類と地球の健康に関する生態学的要因から読み解かねばなりません。私はWHOが長年健康の社会的決定要因に焦点を当てた結果、環境を少々見失ってしまったと考えています。今後は、社会と環境の両面で課題解決を図らねばならないのです。
ワン・プラネット・リビング
2005年のミレニアム生態系評価は、「人類の活動は地球の自然機能に過度な負担をかけており、生態系が将来世代を維持する能力はもはや望めない」と厳しい警告を発しました。また、2015年のロックフェラー財団ランセット委員会は、「我々は、現在の経済と開発の成果を実現するために、将来の世代の健全性を担保してきた。自然の資源を持続不可能に利用することで文明は栄えたが、今後、自然の生命維持システムの劣化によって健康に重大な影響を及ぼす危険性がある」と報告しています。つまり、我々は子孫を犠牲にして経済発展と文明を築き上げたのです。
そこで、必要なのが生態社会アプローチです。地球の健康は、すべての自然とすべての人為的生態系の相互依存的な活力に依存しています。上がその要素です。我々は、都市を生態社会的システムとして捉えねばなりません。
WWF(世界自然保護基金)はこの考えを「ワン・プラネット・リビング」として提唱しています。限られた地球資源を無駄にしない生き方です。重要な指標として「エコロジカル・フットプリント」があります。驚くことに、カナダのそれは地球5個にもなります。つまり、カナダ人は他に4個の地球があるかのような消費をしているのです。ここ、マレーシアのそれは、地球2.5個です。世界全体では1.7個で、低所得国が0.7個、高所得国が3.6個となっています。
我々は、地球生態系の制約の中で共生しなければなりません。そのためには、カナダの「エコロジカル・フットプリント」を80%、マレーシアのそれを60%削減しなければならないのです。その他の都市も合わせて考えると膨大な削減量ですが、今後20年間で達成に向けて取組む必要があります。大事なのは、人々の基本的ニーズを満たし、高いレベルの人間・社会的発展と健康を確保しなければならないことです。これが、21世紀の公衆衛生と健康都市の最大の課題です。
「ワン・プラネット・リビング」では、異なる経済モデルを必要とします。それは、責任ある経済発展です。私の好きな言葉に「どのシステムも、得られる結果を得るために完璧に設計されている」があります。現在、地球規模で起きている環境破壊は、意図的ではないにせよ誤ったシステムが作り出していると考えます。米国経済協会の元会長ケネス・ボールディング氏は、「指数関数的な成長が有限の世界で永久に続くと信じる人は、誰もが異常者か経済学者である」と述べています。現在の経済システムは地球の生態性ばかりか人間と社会の発展を害し、高いレベルの不平等を生み出すように完全にデザインされているのではないでしょうか。
健康都市2.0
そこで私は「健康都市2.0」により、地球環境の許容範囲内で人類と社会の最大限の発展を促す経済システムをを提唱します。「健康都市2.0」は、イギリスに本部を置く「ワン・プラネット・リビング」という団体の原則と一致しています。この中で、最初の三つ、「健康と幸せ」「公平と経済」「文化とコミュニティ」が人類と社会の発展についてです。優れているのは、10の原則すべてが相乗効果として健康をもたらすことです。
最後に、最近ブリティッシュコロンビア州ビクトリアで始めた「ワンプラネット・リビングの会話」について紹介します。ビクトリア都市圏は35万人の人口を擁しており、「エコロジカル・フットプリント」は地球2個分にもなります。内訳は、43%が食物、18%が建物、15%が消耗品、24%が交通です。活動テーマは、社会的・生態的持続可能性を実現するために、環境負荷を地球1個分まで削減することです。上図が提案された数値目標です。
「会話」ではまず、Webを介して話し合い、学びます。次に近隣の人々を招いてコミュニティ会議を開催し提案をまとめます。提案は参加者自らが自治会や学術会議などで発表し、議員を通じて地方議会に政策提言として働きかけます。
繰り返しますが、私たちが直面する根本的な課題は、地球の限界を踏まえた上で、人類の高度な成長と健康をどのように達成するかということです。「ワンプラネット・リビング」のためには、行政や企業、地域社会、NGO、教育機関がパートナーシップを組み、地球と人類の共通の利益のために一丸となって取組まねばなりません。皆さんもそうした「会話」を自身の地域で始めてください。そして質の高い生活と健康を維持しながら「エコロジカル・フットプリント」1個の実現を目指していただきたいと願っています。
◎トレバー・ハンコック博士(Dr. Trevor Hancock)
カナダビクトリア大学前教授。専門は公共福祉と社会政策。博士は健康都市の先駆者の一人でコミュニティ運動の第一人者である。Leonard Duhl博士らとともに健康都市の概念を打ち立てた。博士の長年の関心は、健康増進における人と環境の関係であり、健康都市は身体的環境と社会的環境の両方に注意を払う必要があるとしている。現在はカナダ公衆衛生協会で、人と生態系の健康を研究するワーキンググループの共同議長として活動中。