健康都市活動支援機構は、「持続可能な開発目標(SDGs)と健康都市」をテーマにセミナーを開催しました。
本会では、SDGsを行政や企業経営の視点でわかりやすく解説するとともに、まちづくりを中心とする事例を共有し、自治体と企業とのパートナーシップによる社会イノベーションについて展望しています。
前編では、千葉光行のご挨拶に続き、蟹江憲史氏と中村桂子氏による講演を掲載しています。
■概要
開催日時:2018年5月16日(水)
セミナー:15:00~18:00
会場:イトーキ東京イノベーションセンター SYNQA
基調講演:蟹江憲史氏(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授)
講演1:中村桂子氏(健康都市連合事務局長、東京医科歯科大学大学院教授)
講演2:秋山浩保氏(千葉県柏市長)
講演3:似内志朗氏(日本郵政不動産株式会社プロジェクト推進部部長)
コーディネート:中村桂子氏
主催:認定NPO法人健康都市活動支援機構
後援:健康都市連合 健康都市連合日本支部
■主催者挨拶
SDGs(持続可能な開発目標)は2015年9月に国連で採択されました。2030年までの達成を目指して17の目標と169のターゲットを掲げ、国際機関や国、自治体、企業、NGO・NPO、そして個人が参加する仕組みづくりを行っています。特に重要なのが直接市民や市場と関わる自治体と企業で、それぞれの横の連携が目標達成の鍵となります。
AI(人工知能)やIoT(Internet of Things)といった技術革新を積極的に取り入れることも大切です。健康都市の関係者にとってSDGsは大きな潮流であり、今回の懇話会が方向性を示唆するものになるはずです。私ども健康都市活動支援機構としても、活動の柱にしたいと考えております。
認定NPO法人健康都市活動支援機構
理事長 千葉 光行
基調講演
「SDGsと健康都市がつくる社会イノベーション」
蟹江 憲史氏
■プロフィール
蟹江 憲史(かにえ のりちか)
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授、国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)シニアリサーチフェロー。北九州市立大学講師、助教授、東京工業大学大学院准教授を経て現職。欧州委員会Marie Curie Incoming International Fellow及びパリ政治学院客員教授などを歴任。Future Earth SDG Knowledge Action Netwrok(KAN)共同議長、同コアプロジェクトEarth System Governance プロジェクトScientific Steering Committee 委員、日本政府持続可能な開発目標(SDGs)推進円卓会議委員、内閣府自治体SDGs推進のための有識者検討会委員、環境省持続可能な開発目標(SDGs)ステークホルダーズ・ミーティング構成員などを兼任。専門は国際関係論、地球システムガバナンス。2012年度のFSを経て、2013年度から2015年度までは環境省環境研究総合推進費戦略研究プロジェクトS-11(持続可能な開発目標とガバナンスに関する総合的研究プロジェクト)プロジェクトリーダーを務めた。2017年からは株式会社レノバ独立社外取締役に就任。
SDGsの概観と背景
本日は、SDGsとは何か、誰がどのように使おうとしているのか、これからどのように考えていけばよいのかについてお話したいと思います。
概要については、いつも下のスライド一枚で表現しています。2030年の世界の姿としての「空に浮く4つの要素」と「下支えする2つの柱」、「中央の17の目標」による概念図です。「SDGsとは何か」について、ある人は「2030年の世界のかたち」だと言います。それが今後どうなるのかわかりませんが、少なくとも今の段階でここは押さえておきたいポイントが記されているのがSDGsだと考えています。
一番大事なコンセプトが「誰一人取り残さない」世界を作ることです。自治体や企業のSDGs対策を進めると組織の課題に引きずられてしまい、「そもそもSDGsは何を言っているのか」を見失いがちになってしまいますが、最も大事なことが「誰一人取り残されない」ように包括的に発展・成長させていくことなのです。
もう一つが「世界の変革」です。SDGsを含む国連の2030年アジェンダのタイトルが「Transforming Our World(我々の世界を変革する)」となっています。今のままでは2030年のあるべき世界を実現できないため、「変革」を強調しています。
この二つの柱の上に様々な課題があるのですが、SDGsに含まれるのは17の目標と169のターゲットだけです。
カラフルに彩られた17のアイコンで代表される目標があり、その下に具体的な数値目標や年限を記したターゲットがある。それだけで、メカニズムは何もありません。唯一行うのが、進捗のレビューです。目標には法的な拘束力も無いので、目標を達成しなくてもペナルティは課せられません。目標にどれだけ近づいたのかを測ることがSDGsだと言っても過言ではないでしょう。どのように達成するかは、政府や自治体、企業に任されているのです。
これほどさまざまな課題を法的拘束力無しに包括的に決めたグローバルな目標は過去例がありません。アプローチも斬新です。私は当初「誰が取組むのか?」と訝しんでいましたが、想像以上に多くの人々が真面目に受け止めています。
もちろん、世界193国の全てが合意している目標であり、その意味は非常に大きいのですが、「これは単なる目標ではなく、金儲けの手段にもなるのではないか」、「倫理的な拠り所や法的な拠り所にもなるのではないか」という声も上がり始めていています。投げてみたら、意外と大勢の人々が真摯に受け止めているというのが、3年経過しての現状です。
次にSDGsの背景についてです。2000年以降、「経済」、「環境」、「社会」が相互に連携することが持続可能性を成り立たせる要素だと言われています。SDGsについても、この3つが要素であると言ってよいでしょう。一方で2000年に2015年を目標年とて採択されミレニアム開発目標(MDGs)がありました。「M(ミレニアム)」が「S(持続可能」になったことを見ても、SDGsのベースはMDGsにあることがわかります。
特にそれを示すのが実行方法です。SDGsでは地域ごとに目標やターゲットを作り、その進捗は国連機関のデータで測っています。表では、世界での進捗状況を色分けしており、濃い緑色以外は達成度が低いことを表しています。このアプローチ手法はMDGsを踏襲するものであり、MDGsの未達成課題の解決を優先させることが根幹にあります。
まず、一つ目の背景である「経済」についてです。MDGsの最重要課題は「極度の貧困(2015年10月、世界銀行が1日の収入が1.90ドル未満と定義)の半減」でしたが、SDGsでもそれを最重要課題に掲げ、さらにあらゆる場所でそれを終わらせる、つまりMDGsでは50%だったのを0%にするとしています。
ところが「貧困を終わらせる」ことについては、2000年のMDGsのスタート時と現在では様相が異なっています。
例えば日本。「貧困」では、「子どもの貧困」や「相対的貧困」といった文字が新聞紙上を飾っています。一方でSDGsの「目標1.2」を見ると、MDGsから深堀し、各国定義による貧困を半減させるとなっています。「目標1.1」は日本に関係ないというか、当てはめるデータ自体が日本にありません。ところが「目標1.2」になると、省庁の定義が異なるといった問題がありますが、例えば平均所得の半分以下が相対的貧困であるといったように、日本でも大いに関係のある目標となっている。他にも「社会保障制度及び対策」では、貧困の原因或いは貧困を導く色々な状態を無くすといった根本的な対策まで深堀しています。このように、開発途上国と先進国の両方を対象としているのがSDGsなのです。
さらに「目標1.5」には「気候変動」や「経済、社会、環境的ショック」が入っていますが、そうしたショックがあると貧困ぎりぎりの人々が貧困になってしまうため、こうしたことまで「貧困」の課題に含めているのです。SDGsがMDGsから進歩したのは、このように貧困対策に広い視点で取組む点です。目標達成の「質」を重視し、関連する様々な課題を取入れているのです。
もう一つ、深堀の特徴として、「テーラーメイド」があります。各国、各自治体、各企業の状況や能力差に配慮して最適な問題解決を行うことで、こうした目標やターゲットを捉え方も、MDGsから大きく進化した点です。
二つ目は「環境」についてです。SDGsを策定するプロセス(2013~2015年)で頻繁に登場したのが環境問題でした。その中で特に注目されたのが「Planetary Boundaries(地球システムの境界)」という考え方です。図では、地球の周囲に色々な現象が記されています。現象の範囲が限られていれば地球のシステムは健全に動くのですが、境界を超えるとシステムに誤作動が生じ始めることを示しています。「緑」が限界内で安全な状態、「黄」が限界を超えつつある状態、「赤」が限界を超えた危険な状態です。現在は「気候変動」が「黄」、「遺伝的多様性の現象」が「赤」といった、色々な分野で境界を越えつつあるか超えた段階にあることがわかります。
連続真夏日の記録更新や土砂災害等、我々自身、自然災害を身近に感じるようになっていますよね。ヨーロッパでは、「人新世」を唱える地質学者が登場しています。2000年頃から地球の状態を人類が変えることができるようになってしまったとする学説です。ジュラ紀や白亜紀といった地質年代の中で、今は人間が地球を変えていく「人新世」であること。このように、「環境だけでなく仕組みとして変わりつつあるのではないか」という危機感がSDGsの環境面での背景です。
その原因は何でしょうか?1950年代以降の様々なグローバルデータを見ると、どれも急速に右肩上がりになっています。これを称して「Great Acceleration」と言っていますが、社会経済的な傾向では、肥料の消費、紙の生産、水利用の増加をはじめとする様々な資源の利用が急速に増えています。日本では高度経済成長が起きた時期で、実質GDPが上昇しましたが、同じことが世界の様々な地域で一斉に或いは順を追って起き、急激に加速しているのです。豊かさを生む一方で、地球システムに大きな負のダメージをもたらしている。例えば熱帯雨林の損失や二酸化炭素の増加、或いは海洋酸性化といったことが、社会経済的な傾向を追うように顕著になっています。
2018年現在、世界の人口は70億人を超えていますが、2050年には90億人を超えると推計されています。今までの開発パターンを踏襲することが、資源の右肩上がりの利用を加速させるのは明らかです。パターンを変え、地球を持続可能にしなければ、「人新世」が破滅に向かってしまう。そのためには、トランスフォーメーション、つまり社会システムや生き方を少し変えていく必要があるのです。
そして三つ目の背景である「社会」についてです。MDGsの策定以降、色々な社会現象が起きています。2001年の同時多発テロを契機にネットワーク化された国際テロが様々な地域で勃発しています。グローバルな移動に伴い、感染症の世界的な大流行であるパンデミックも危惧されています。一方でインターネットの定着やAI、IoTが様々な可能性を広げている。こうした事象を包括的に捉えなければ持続的な成長は考えられません。SDGsは多方面に及ぶため、国連での策定には過去に例を見ない時間が費やされ、インターネットや現地でのヒアリングも行われました。SDGsの斬新さは、様々な人々の意見を最大限に取り入れたことにもあるのです。
次に、「目標」としての新しさについて、「仕組み」、「アプローチ」、「物差し」の3点でお話しします。「仕組み」は私の専門領域でもあり、書籍でも新たなグローバルガバナンスの仕組みとして執筆しました。英語で「Governing Through Goals」、目標ベースのガバナンスとなります。過去において、国際ルール策定のガバナンスは、殆どがルールをベースにしています。法律を策定した上で、色々なことを決めるのです。一方のSDGsにルールはありません。ルールはないけれども共通の目標がある。短期でも長期ではなく、15年というちょっと先の目標です。ある意味、少々無責任な目標からのスタートと言えなくもない。野心的な目標を掲げ、そこからバックキャスト、つまり今を振り返り、課題を解決していくアプローチです。
例えば、ある企業は2030年までに再生可能なエネルギーを事業の20%に増やす目標を掲げています。「本当にできるのでしょうか?」と聞くと、「必ずしもできるという保証はありません」と答える。必ずしも達成できない目標を作りたがらない風潮の中で、「目指す」ことを示すのが大事なのです。ビジョンを共有するということです。それぞれの方法や進め方は各主体が自由に選択する。
では、どのように担保するのでしょうか?測って進捗を比べるのです。今までのやり方はルール作り一辺倒でした。これだと、厳しい内容に対して反発するところが出てきます。京都議定書では一生懸命ルールを作りましたが、アメリカが離脱した結果、効果が激減してしまいました。SDGsはそうではなく、出来ることを出来るところが行っていき、その輪を広げていきましょうというソフトなアプローチなのです。17の目標に拘束力を課していたら絶対決まらなかったでしょう。「ここを目指そう」としたことで、受け入れられたのです。
二つ目の新しさは「アプローチ」で、包括的な目標であることです。様々な目標が相互に絡み合う姿を、我々は樹木で表現しています。枝葉は分かれながらも、幹で繋がっている。サステイナビリティの課題は色々なところで有機的に繋がっていることです。裏を返せば、17の目標全てに最初から取組まなくてもよいということです。
17の入り口のうち、どこかを見つけて、どこかに焦点を当てることで、色々なことが付随してくる。例えば健康に関する事業では、雇用が生まれる一方で水やエネルギー問題に対応しなければなりません。それらをステップ・バイ・ステップで社会に貢献しながら事業として成り立たせていく、それがSDGsなのです。
具体的には、「目標12.3」を見てみましょう。2030年までに一人当たりの食品廃棄物を半減させることが目標です。知識が必要で、これがあれば「目標4」の教育を同時に進めることができます。また、食品廃棄物を半減させるにはインフラを整備しなければなりません。これは、経済生産性を高めることに繋がります。
ところでSDGsには、「食品廃棄物を半減させる」一方で「飢餓をゼロにする」目標があります。従来は、食料の大量生産が規格不適合や賞味期限切れによる大量の食糧廃棄を引き起こしていました。そこで発想の転換です。例えばフードバンクの設立や、規格外や賞味期限切れ食品の活用といった方法により、二つの目標を両立させることができるのです。
そして三つ目の新しさが「物差し」です。バックキャストのお話をしましたが、未来を基準にした物差しのことです。横並びに測るというよりも、自分たちが「これを達成する」と決めて進捗を図っていくアプローチです。数字で測ることは可能ですが、「誰一人取り残さない」ことを考えた場合、「取り残される人たち」が数字に表れにくいことが事実です。
例えば路上生活者や最貧国の子どもたちにはデータがあまりありません。出生記録さえない場合もあります。そうした人々のことも測らなければ進捗はわからない。統計的データを積み上げると同時に、数字以外でも測らなければならないのです。ここでは、4年に1度発行される「グローバル・サスティナブル・デベロップメント・レポート」が参考データを掲載しており、次号が2019年に発行予定です。
つまりSDGsとは何かというと、一つはガバナンスの手法として、中央集権的ではなく、自立分散協調的であることです。自立的だからといって勝手にできるのでありません。アイコンで表現された共通目標があるため、様々な協調の可能性が生まれます。もちろん、地方自治体が基本計画を策定して条例化する方法もありです。法制度化を含めて、主体性をもってやりたいようにやれることがSDGsのアプローチなのです。世界が目指す姿が成長イノベーションのヒントになりますし、測り方も未来基準で測ることにつながります。ただし、今までになかった手法ということもあり、大きな実験が始まったと考えてよいと思います。
多様な主体とSDGsの関わり
まずは国連との関わりについてです。毎年7月にハイレベル政治フォーラム(HLPF)が開催され、大きなテーマのもとマクロなレビューが行われています。2016年には22ヵ国が、2017年には43ヵ国が自主的なレビューを行いました。重要なのは、2019年に国連総会で開催される4年に1度の首脳級レベルのレビューです。通常の経済社会理事会でのレビューとは異なり、ここで全体の仕組みが変わる可能性があるためです。
では、日本の取組みはどうでしょうか。SDGsが策定された2016年にG7サミットを主催したこともあり、政府はSDGs推進本部を設立し、円卓会議を開催しました。初年度に採択された実施指針には8つの優先課題が記されており、その中にはSDGsの目標全てが含まれています。
政府は、2017年のハイレベル政治フォーラムで日本のレビューを発表しました。ピコ太郎がPPAPを披露したのは記憶に新しいところです。それは「Pen-Pineapple-Apple-Pen」を外務省がもじって「Public Private Action for Partnerships」に変えたものでした。ピコ太郎はYouTubeでアジア諸国の人々に知れ渡っているため、思ったよりも反応があって私もびっくりしました。
政府は年末、「ジャパンSDGsアワード」を発表しました。第1回は北海道の下川町がSDGs推進本部長(内閣総理大臣)賞を受賞しました。まだ最初の段階ですので、新たな試みというよりも、今までの実績と今後の計画が評価された結果です。アワードの継続が優良事例の蓄積につながるのですが、その後発表された「SDGsアクションプラン2018」に日本のSDGsモデルの構築が工程表に盛り込まれています。2019年の国連総会でのレビューに向け、日本のモデルをつくろうというのが今年度の目標になっています。
では何をモデルにするのでしょうか?「Society5.0」、「地方創生」、そして「次世代・女性のエンパワーメント」で、これらの分野を重点分野としてSDGsのモデルづくりをすることになりました。「地方創生」については、自治体SDGs推進事業のモデル都市30程度を選び、そのうち10都市でモデル事業を行う予定です。
本件については、内閣府が自治体に対して「地方創生に向けたSDGsを活かしたまちづくり」のテーマで認知度や取組み度の調査を行っています。回答率は38.2%で、およそ半数が認知し始めている状況です。
では、自治体SDGsでは何を重点化すべきなのか。従来、「経済」と「社会」と「環境」への取組みが縦割りだったものを統合する施策を推進し、相乗効果を出すことです。
この点、2017年にアワードを受賞した北海道下川町はすでに様々な先進的な取組みを行っています。目標の中心が「木」で、同市は「木をしゃぶり尽くす」と表現しています。持続可能を証明するために認証木材を生産し、ものづくりを行い、森林サービスを提供し、残滓をバイオマスに活用する。そして、この循環を生かしたコンパクトタウンづくりを目指すとしています。よくできたモデルだと思いますが、エネルギー自給の部分であるバイオマスが事業として成り立つかが課題です。日本産の木材は外国産と比べて高いため、他地域ではバイオマスの事業化が困難な状況だからです。林業を改革し、林道や雇用を改善するなどSDGsの目標達成に沿う抜本的な対策が必要になるでしょう。
それでは、自治体がSDGsを使う有効性はどこにあるのでしょうか。一つは「見える化」しやすいことです。目標達成のための手法をアイコンで示すことができるので、誰にとってもわかりやすい。共通言語ですので、『「目標1」に一緒に取組みましょう!』と仲間を見つけやすいこともあります。自治体が総合計画や中長期計画に取り入れる際に大切なのが、「どう測るのか」ということです。この点について、自治体を横並びにして測る指標はありません。各自治体が抱える固有の指標に焦点を当てることが重要なのです。
企業とSDGs
一方で、自治体だけでSDGsに取組むことは事業性の面から困難です。そこで不可欠なのが企業とのパートナーシップです。企業の動向を見ると、2017年に経団連が企業行動憲章を改定し、SDGsを軸に再構築しています。ガイドラインの一つとして「Society5.0」とSDGsの整合性を図にし、目標別の産業領域を示しています。ここでは一つの目標に一つの方策を描いていますが、より望ましいのは2つ以上の目標を組み合わせることです。発想がさらに広がり、イノベーションのヒントが生まれるためです。
企業の取組み方は二つの段階に分かれていると考えます。一つは、スタート地点でCSR活動を活用している企業です。SDGsと事業の紐づけやマッピングが中心で、多くの企業がここから始めています。ただし、マッピングした事業は必ずしも目標を目指しているのではありません。評価や行動の改善もまだできていない。経団連のアンケートを見た限りでは、この段階の企業がほとんどです。
こうした中、少しずつ本業に踏み出している企業があります。まだ「芽」ですが、これが出てきていることは希望が持てます。例えばキリン株式会社は、認証を取得した茶葉を「午後の紅茶」で使うことを表明し、持続可能性を担保しています。一方で認証取得にはコストがかかるので、それを吸収する仕組みが必要です。また、廃棄物となる茶葉の処理やエネルギー消費も工夫しなければなりません。包括的に取組むことが本業を通したSDGsの達成になり、投資を呼び込むことに繋がるのです。
大和ハウス工業株式会社は、目標を設定し、それに対するKPI(Key Performance Indicator: 企業目標の達成度を評価するための主要業績評価指標)を設定し、そのKPIを少しずつSDGsに絡めることをし始めています。大変よい試みですが、研究室のスタッフが分析したところ、必ずしも全てがSDGsに合致しているとは言えないことがわかりました。改善の余地はあるのですが、少しずつSDGsに即した目標を立てて、達成できるようにアクションし、進捗を測ることを実行する企業が出てきているということです。
研究室では、2015年までのSDGsの研究プロジェクトとして「SDGs達成に向けえた日本への処方箋」づくりに取組みました。日本には優先課題があり、他方でSDGsがあります。それを日本的に翻訳するとどうなるかを示した処方箋です。9分野(貧困と格差社会、食料、健康、教育、ジェンダー、水、資源・エネルギー、生物多様性、ガバナンス)、合計28の処方箋を記載する中で、SDGsにのみ焦点を当てるのではなく、少子高齢化、子どもの貧困、食料自給力、気候変動、こころの健康等日本が直面している課題にも言及しています。
例えば「処方箋1.1」の「貧困・労働格差の解消」に関して、「2030年までに年齢や障害者、男女等の区別なく、同一労働賃金を達成する」と、グローバルなSGGsでは4つの目標達成が可能なことがわかります。処方箋のメリットの一つは、企業や自治体が取組む事業の正当性を「見える化」できることです。共通言語として、他の業界、他の自治体、他の国々の人々にも同じように伝えることもできます。
投資効果も見逃せません。最近はESG投資(環境、社会、企業統治に配慮している企業を重視・選別して行う投資)が拡大しており、GPIF(厚生年金と国民年金の年金積立金を管理・運用する機関)もESG投資を重視する方針です。そうした社会では、サステイナブルな経営や調達をしている方が、投資を得やすくなるのです。さらにリスク管理上、SDGsに取組む企業と取引した方が、リスクが減り投資を呼び込むことができる、と考える企業も登場しています。GPIFは、投資の側にはPRI(Principles for Responsible Investment:責任投資原則)があり、環境、社会、企業統治に考慮した投資を行うのが投資家の間で重視されていると述べています。
最後に、「測る」という点について考えてみましょう。「測る」ことがSDGsの唯一のメカニズムであるとお伝えしましたが、どのように使えばよいのでしょうか?「目標6」の「ターゲット6.2」で、「2030年までに、すべての人々の、適切かつ平等な下水施設・衛生施設へのアクセスを達成し、野外での排泄をなくす」ことを掲げています。これに対する進捗には、「石けんや水のある手洗い場を利用する人口の割合」で測るとしています。これは国連のグローバル指標ですが、こうした指標が入ったのは、ユニリーバの尽力があったからだと言われています。こうして指標に入れ込むことで、市場を拡大することに繋がるという戦略が見て取れます。
現在、企業の関心は高まっています。経営層の関心が部課長クラスに降りてきており、徐々に全体に浸透しつつあります。一方で何をすべきかについては、見えていないことがある。積極的にアクションを起こす企業と取りあえず紐づけだけ行う企業、様子見をして世の中が動き始めたらアクションを起こす企業に分かれてきています。
大学の研究者との会話でも、大きな期待を寄せるグループは二つあり、一つは「倫理的に正しいことだから、そっちの方向に行く人々が増えると世の中がよくなる」と考えるグループ。もう一つは「倫理的だけでは世の中は動かないので、やはりビジネスに繋げ利益を上げることを示す必要がある」と考えるグループです。おそらく、両方が正しいのだと思います。今大事なのは、認知や理解度を上げてそうした優良事例を出していくことです。我々もコンソーシアムを立ち上げて企業の人たちと共同研究に取組む計画で、少しでも世の中に貢献したいと考えています。皆さんにはぜひ「自分ごと化」して、「やりたいこと」、「できること」をうまく利用してビジネスを成功させることを考えていただきたいと願っています。
講演1
健康都市とSDGs
中村 桂子氏
■プロフィール
中村 桂子(なかむら けいこ)
国立大学法人東京医科歯科大学大学院教授(国際保健医療事業開発学分野)。
WHO健康都市・都市政策研究協力センター所長。
東京医科歯科大学医学部卒業・医師、東京大学大学院博士課程修了・医学博士。
日本学術振興会特別研究員、東京医科歯科大学大学院准教授を経て、2016年4月より現職。日本公衆衛生学会・理事・国際化推進委員会委員長。食品安全委員会専門委員。日本学術会議連携会員。東京都都市計画審議会委員、環境科学会理事などを歴任。世界保健機関(WHO)と連携して活動する健康都市連合(The Alliance for Healthy Cities)の設立時より事務局長をつとめ、健康を重視する都市政策の推進に取り組む10か国の227都市と団体の活動を支援。2018年10月にWHOのco-sponsorshipによりマレーシアで開催する、
第8回健康都市連合国際大会「Our Cities, Our SDGs, Our Journey」の開催を準備中。研究テーマは、都市環境と健康、地域リハビリテーション、ヘルスプロモーション、健康決定要因、プラネタリーヘルス、アジアの高齢者医療福祉システム、健康危機管理など。
Healthy Cities(健康都市)とは
本日は3つのテーマでお話します。まずはHealthy Cities(健康都市)についてです。
<冒頭でバンクーバー市が制作したビデオ"Healthy City Strategy"を放映>
バンクーバー市はおよそ30年前、健康都市が提唱された初期に市民や様々なパートナーが参加する健康なまちづくりを始めた都市の一つです。
出発点となる健康の捉え方について、WHO(世界保健機関:本部はスイスのジュネーブ。世界6地域にそれぞれ地域事務局を設置)は、「単に病気や障害がないということでなく、身体的、精神的、社会的に優れて良好な状態にあることである」と定義しています。「社会的に健康」とは「国や地域に関わりなく、一人ひとりの潜在能力を最大限社会の中で発揮できること」を意味します。健康には保健医療サービスが不可欠ですが、それだけではWHOが提唱する「身体的、精神的、社会的な健康」は達成できません。そこでWHOは30年ほど前に健康都市を提唱し、以降世界の各都市の人々が工夫や試行錯誤を重ねながらこれを推進しています。
出発点となる健康の捉え方について、WHO(世界保健機関:本部はスイスのジュネーブ。世界6地域にそれぞれ地域事務局を設置)は、「単に病気や障害がないということでなく、身体的、精神的、社会的に優れて良好な状態にあることである」と定義しています。「社会的に健康」とは「国や地域に関わりなく、一人ひとりの潜在能力を最大限社会の中で発揮できること」を意味します。健康には保健医療サービスが不可欠ですが、それだけではWHOが提唱する「身体的、精神的、社会的な健康」は達成できません。そこでWHOは30年ほど前に健康都市を提唱し、以降世界の各都市の人々が工夫や試行錯誤を重ねながらこれを推進しています。
オタワ憲章から上海宣言
1986年11月21日、WHOの主導でカナダのオタワにおいて第1回世界ヘルスプロモーション会議が開催され、その成果がオタワ憲章として宣言されました。ここではヘルスプロモーション(健康増進)の定義を「人々が自らの健康をコントロールし,健康を改善するための能力をさらに増大させようとするプロセスである」としています。健康を考える際、寿命を延ばす、死亡率を低くするということが浮かびます。では、健康寿命が100歳までいくのでしょうか?子どもの死亡率を減らす一方で平均寿命が65歳に止まってよいのでしょうか?健康都市はそうした目的設定ではありません。健康改善の能力をさらに増大させることを継続努力するプロセスに他ならないのです。
1986年11月21日、WHOの主導でカナダのオタワにおいて第1回世界ヘルスプロモーション会議が開催され、その成果がオタワ憲章として宣言されました。ここではヘルスプロモーション(健康増進)の定義を「人々が自らの健康をコントロールし,健康を改善するための能力をさらに増大させようとするプロセスである」としています。健康を考える際、寿命を延ばす、死亡率を低くするということが浮かびます。では、健康寿命が100歳までいくのでしょうか?子どもの死亡率を減らす一方で平均寿命が65歳に止まってよいのでしょうか?健康都市はそうした目的設定ではありません。健康改善の能力をさらに増大させることを継続努力するプロセスに他ならないのです。
オタワ憲章では、具体的な行動をおこすべき5つの優先領域として以下を挙げています。
- 健康を目指す公共政策づくり
- 健康を支援する環境づくり
- 地域活動の強化
- 個人の技能の開発
- ヘルスサービスの方向転換
日本をはじめ、世界中で健康都市の取組みがありますが、最も歴史があるのがヨーロッパです。東京も1991年から取組んでいます。では、どのようなことをテーマにしてきたのでしょうか?SDGsは環境での長い歴史があり、その要素が多く含まれています。実は、健康都市も環境の活動と連動してきました。例えば1992年にリオデジャネイロで開催された地球サミットです。この時に採択された「Agenda 21(21世紀に向けての環境保全行動計画)」は健康都市の活動に組み込まれています。健康都市は持続可能な開発を取り込みながら拡大していったのです。「公平性」や「格差を縮小する」ことも対象になりました。
現在、世界では3,000以上の都市が健康都市に取組んでいます。WHOの西太平洋地域では、2004年に健康都市連合(The Alliance for Healthy Cities)が組織され、都市間ネットワークを築いています。現在、228の加盟都市があり、日本からも35の自治体が加盟しています。
上海宣言はオタワ憲章の30年後にそれを上書きする内容で採択されました。重要なのは、ヘルスプロモーションをSDGsの枠組みの中で位置づけ、さらに拡大させていることです。同時に健康都市に特化した部分では、以下の「10の優先行動領域」が定められました。地域によって健康都市の優先課題が異なりますが、世界全ての健康都市の首長に共通して推進していただきたい10項目です。
健康都市とSDGs
図は、WHOとしてSDGsにどのように取組むかを表しています。各国政府が主導していますが、WHOをはじめUNICEF(国連児童基金)、UNDP(国連開発計画)といった様々な国際機関も推進しています。では、WHOはSDGsをどのように捉えているのでしょうか?「目標3」の「すべての人に健康と福祉を」を中心に、16の目標を様々に関連付けています。以下は、「目標3」の達成に関わるターゲットのいくつかを抜粋したものです。
生活習慣病予防を行う時に「目標3」だけが対象になるのかというとそうではなく、他の目標が関係してきます。
特に都市での健康では、「目標11」の「住み続けられるまちづくり」における以下で密接に連携しなければなりません。
さらに生活習慣病予防には「目標11」だけでなく、教育や栄養バランス、気候変動の影響など様々な目標を絡めねばなりません。この領域では、日本の殆どの自治体で食生活改善推進員が大きな役割を果たしています。研究者としてではなく、健康リーダーとしての住民への働きかけや学校での子どもの栄養教育といった活動をしています。その中には伝統食のPRもあり、地域の価値を見直す視点が含まれています。
「目標12」の「つくる責任、つかう責任」には、自治体が取組む地産地消の活動が当てはまりますが、食生活改善を通して健康な食事や責任をもった消費を啓発することが、食品ロスの減少にもつながっています。このように「目標3」は他の目標にも関連するのであり、食品をはじめまちづくりや運動、エネルギー関連との協働が不可欠となるのです。当然、進捗は関連する目標と絡めながら測ることとなります。そのため、WHOの健康都市は「17の持続可能な開発目標すべてと関係する活動を通じた住民の健康を重視するまちづくり」と位置付けられるのです。
2018年10月17日~20日にマレーシアのクチン市で第8回健康都市連合国際会議が「SDGsと健康都市」を主要テーマに開催されます。主に健康都市加盟都市の自治体関係者や学識経験者が参加しますが、それ以外の方々、加盟していない自治体や企業の担当者の方々、そして個人の方々も参加できますので、多くの方々にエントリーいただければ幸いです。