被災地の人々が「みんなで調理ができてうれしい」、「毎回、待ち遠しい」と楽しみにするイベントがあります。地元自治体等と味の素グループが「協働」し仮設住宅で始まった「健康・栄養セミナー」です。そこには、超高齢社会の課題であるロコモ予防のヒントもたくさん詰まっています。東北復興応援を続けてきた同グループの「ふれあいの赤いエプロンプロジェクト」の意義と、ロコモ予防の取り組みとは――。
小泉進次郎復興大臣政務官(当時)が味の素(株)を訪問!
昨年(2015年)秋、当時復興大臣政務官だった小泉進次郎氏が、東京の味の素㈱本社を訪問しました。味の素グループが続けてきた東日本大震災の復興応援に謝意を表すためです。
復興大臣政務官として東北の被災地をつぶさに視察し、復興に尽力してきただけに、氏の目には味の素グループが地道に続ける応援活動がひときわ印象深く映ったようです。氏は次のように挨拶しました、「味の素グループでは、震災が起きた2011年から、被災地の方々の心身の健康づくりをサポートするイベントを継続的に開催しています。実際にボランティアに参加することで被災地と継続的に関わりをもち、社長自らも小さな町に足を運んで被災地の皆さんとふれあう機会をもつ。これはまさに人と人とのつながりです。4年半経つ今もまだ来てくれていることが、被災地に大きな勇気や力を与えるのです。こうした民間による復興支援は、素晴らしい。復興庁としても民間の皆さんのそういった取り組みを多くの人に知らせていきたいし、これからも協力をお願いしたい」。
当日、氏は赤いエプロン姿で「男の料理教室」を自ら体験しました。これは仮設住宅に住む男性向けの好評なセミナーで、「味の素グループ 東北応援 ふれあいの赤いエプロンプロジェクト」のひとつです。「この教室のお陰で仮設住宅で独り暮らしをしている男性がコミュニティに参加するきっかけになっていることに感謝します」と氏が謝辞を述べると、味の素㈱の西井孝明社長は復興応援について「今後も仮設住宅がなくなるまで継続します」と改めて決意を表明しました。
では、小泉進次郎政務官(当時)が感銘した「味の素グループ 東北応援 ふれあいの赤いエプロンプロジェクト」とは、どんな活動なのでしょうか。
原点は仮設住宅での課題の取り組み
味の素グループの復興応援の取り組みは、3.11直後の2011年4月味の素スタジアムでの炊き出しから始まりました。翌月には宮城県多賀城市と女川町で「炊き出し“笑いと中華の宴”」を実施。7月からは「味の素グループ商品詰め合わせ」を現地仮設住宅に届け始めました。避難所から仮設住宅に移り住む方々の日常生活復帰の第一歩をサポートしたい、とグループ各社の従業員ボランティア350名で52,000箱をつくりました。
そして2011年10月正式にスタートしたのが、「味の素グループ 東北応援 ふれあいの赤いエプロンプロジェクト」です。「『食』の力で、復興のお手伝いをしたい」との切なる想いから発足しました。
原点は、仮設住宅の生活で生じる課題への取り組みです。仮設住宅では、買い物が不便であったり、キッチンが使いづらいなど様々な理由から、健康と栄養面での課題が顕在化していました。糖尿病・腎疾患・心疾患リスクの増大、野菜不足によるビタミン・ミネラルの不足、料理自体がおっくうになることによる品数・調理頻度の減少、コミュニティ崩壊による「語らいの場」の減少、アルコール依存症のリスクなど、いろいろなことが懸念されました。
こうした課題への取り組みとして始まったのが、「健康・栄養セミナー」です。行政や地元の栄養士会、社会福祉協議会、食生活改善推進員協議会、大学、NPO等と、味の素グループが「協働」で進めました。同グループが用意する「どこでも移動できる移動式調理台」(通称「どこでもキッチーン」)を活用する参加型のセミナーで、仮設住宅の皆さんが集まり、日々の食事における栄養改善に着目した情報を共有して、一緒に調理し、語り合いながらおいしい料理を囲むものです。
被災地の皆さんの「心と体の健康づくり」を応援するこのプロジェクトに欠かせないのが、合言葉となった「赤いエプロン」です。スタッフと従業員ボランティアは「赤いエプロン」を着用。被災地の方々を迎える「誠実な緊張感」と、被災された皆さんの日々の暮らしとともに歩む「あたたかな気持ち」を共有するものです。
そもそも味の素グループは、「地球的視野にたち、“食”と“健康”そして、“いのち”のために働き、明日のよりよい生活に貢献する」ことを理念として掲げ、その実現に向けて歩んできました。「赤いエプロンプロジェクト」は同グループのサステナビリティへの取り組みの一環でもあります。
こうしてスタートした「ふれあいの赤いエプロンプロジェクト」は、岩手・宮城・福島と拠点を順次増やし、2015年12月現在、参加者人数(延べ)26,989名、実施回数1,679回、実施地域3県47市町村、従業員ボランティア参加人数(延べ)1,605名に達しました。その数字は今も週単位で増え続けています。
高齢化が進む仮設住宅での「健康・栄養セミナー」が好評
「ふれあいの赤いエプロンプロジェクト」では、様々な活動を行っています。子ども向けには、幼少期の適切な味覚形成のため、「減塩」のカギとなる「うま味」を伝える活動を、保育所などで行っています。
また、被災地域を支援する方々に向けた応援も実施しています。食生活改善推進員協議会の方々に対し、減塩の重要性、たんぱく質栄養の重要性など最新の栄養情報を提供する活動を行っています。地元の食材を使い、減塩、たんぱく質摂取を意識した栄養バランスのよいメニューを開発・提案するお手伝いもしています。このように、被災地域の実情やニーズに応じて活動の幅を広げてきました。
中でもプロジェクトの柱になっているのが、先に挙げた仮設住宅の人々に向けた「健康・栄養セミナー」です。住民の方々が集まって調理し、おいしい料理を囲む。そんな参加型のセミナーは「語らいの場」でもあり、孤立化防止にも役立っています。東日本大震災からまもなく5年が経とうとしていますが、仮設住宅の高齢化はますます進んでいます。減塩、野菜を多く摂るなど、高齢者の食事の栄養改善についてはひときわ留意し、情報の共有を行っています。
一例として、昨年9月に宮城県石巻市で開かれた「健康・栄養セミナー」の様子を紹介しましょう。主催は宮城県漁協石巻地区支所女性部で、味の素㈱が後援しました。セミナーはまず、味の素㈱の現地スタッフによる「ロコモ紙芝居」から始まります。ロコモ(ロコモティブシンドローム、運動器症候群)予防で大切なのは筋肉をつくるたんぱく質を摂ること、またビタミンDの摂取も効果的など、ポイントを親しみやすい紙芝居でわかりやすく説明すると、参加者の皆さんは身を乗り出して納得の表情。
続いていよいよ調理です。メニューづくりのポイントは、「(1) 地元の食材を使い、(2) かんたんで、(3) 栄養のバランスよく」です。この日は「みやぎ水産の日」にちなみ、旬のカツオを用いた健康メニューを創案。メインのギョーザは、お肉ではなくカツオを具とする「カツオの海鮮ギョーザ」。ほかに、「糸コンニャクの中華風サラダ」、「ワカメとモヤシのちょいピリ和え」、おまけに「ギョーザの具でつくったカツオハンバーグ」。それに「レンコンとサクラエビの香り混ぜご飯」です。
宮城県庁の方や漁協女性部長も加わり、全員で調理。みんなで一緒にいただきます。おいしい料理を囲んで、笑顔いっぱいの語らいのひとときでした。
「協働」セミナーの取り組みは全国のロコモ予防に活かせる!
各地で開かれるこうしたセミナーの主催は、行政、社会福祉協議会など地元の協働パートナーが務めます。味の素グループはあくまでもサポート役に徹して、移動式調理台をはじめ必要最小限の資材と、健康・栄養面での知見を提供します。最終的には各協働パートナーが自立して活動を継続することが目標で、現にセミナーの自主開催が各地で広がっています。
サポート役を担う味の素グループは、現地スタッフと従業員ボランティアを派遣します。同グループでは毎月、各地で催される復興応援イベントの月間予定表をグループ内にアナウンスし、ボランティアを募集します。希望する従業員は参加できる日のイベントに手を挙げます。事務局が調整ののち、従業員は有給休暇を取って現地のイベントに参加。旅費は原則として会社が負担します。中には、もっと応援を、と休日に自己負担で参加する従業員も少なくありません。このような従業員ボランティアの熱い想いがプロジェクトの力になってきました。
そして、この間に培われた復興応援プロジェクトの経験は、高齢社会を迎えた今日、被災地のみならず各地での健康寿命延伸に活かすことができそうです。被災地の仮設住宅での減塩対策やロコモ予防といった課題は、仮設住宅にとどまらず、「超高齢」が加速する日本社会全体の課題でもあるからです。高齢者栄養を研究テーマとする鴻池由佳子さん(味の素㈱食品研究所技術開発センター健康栄養価値創造グループ)も従業員ボランティアとして「健康・栄養セミナー」をサポートする中で現地の皆さんの生の声を聞き、「セミナーには高齢者が健康な生活を送るために有効な栄養面のヒントが随所に盛りこまれていて、今後広く役立てることができます」と感想を語っています。
「健康・栄養セミナー」は次のような特色をもっています。
1) 「健康日本21(第二次)」の重要課題である健康寿命延伸に向けて、骨や筋肉が衰えて要介護リスクが高まるロコモを予防するメニューと対策を共有できます。
2) 社会とのつながりが薄くなり閉じこもりがちになる高齢者が「語り合う場」が生まれ、仲間が増え、シニアのアクティブライフを応援できます(「男の料理教室」で顕著)。
3) 主催者である自治体や地元団体が、サポート役の味の素グループの強みである知見や技術、資材などを活用することで、参加者のモチベーションを高めながら、高齢社会の課題解決をより効果的に図れます。
このように、「健康・栄養セミナー」の内容と手法は、各地のロコモ予防・健康寿命延伸の対策に活かせます。
CSR活動に寄せられる謝意
こうして続けられてきた「赤いエプロンプロジェクト」、CSR(企業の社会的責任)を全うする活動には、たくさんの謝意が寄せられています。被災し仮設住宅に住む方々はもとより、セミナーを推進する自治体や地元の協働パートナー、さらには先述したように政府からも寄せられています。
仮設住宅の皆さんは「みんなで手を動かしながら調理ができて楽しい」、「毎回、この日が来るのが待ち遠しい」と、「健康・栄養セミナー」を楽しみにしています。
岩手県大槌町では、味の素グループが2013年度に寄贈した、折りたたんでコンパクトに収納・持ち運びができる「どこでもキッチーンⅢ」を活用して、地元の管理栄養士が中心となる移動式料理教室が続いています。管理栄養士の湊尚子さん(大槌町民生部保健福祉課健康推進班)は、次のように語っています。
「大槌町は仮設住宅が48ヵ所(2015年10月現在)あり、その集会所や談話室には必要最低限の調理設備しかなく、行政のみでは参加型の調理教室を開催することが難しいのが実情でした。震災の翌年より一緒に教室を開催させていただいてからは、住民の方が実際に調理に参加し、毎日の生活を振り返ることで、生活習慣病を予防するための意識づけができているように感じています。2013年度に『どこでもキッチーンⅢ』を寄贈していただき、行政単独での教室が仮設住宅でも開催できるようになりました。また、震災により集会所が被災した地区でも、少しのスペースがあれば調理実習ができるようになりました。今後も、調理台を活用し、『復興は健康づくりから』を合言葉に、町民の健康づくりを支える取り組みをしていきます」。
また、宮城県亘理町の食生活改善推進員協議会の清野珠美子会長は、「健康・栄養セミナー」について、「この活動は、本当に私たちだけではできないのです。味の素グループの皆さん、宮城学院女子大学、町の栄養士さん方、皆さんのお力を借りて、頑張っているところです」と「協働」の力を感じています。
このように東北各地から、「赤いエプロンプロジェクト」への感謝の言葉が多数寄せられています。
一方、応援する味の素グループの現地スタッフ、従業員ボランティアも、このプロジェクトに参加することで、「食と健康」のために働くことの意義を改めて噛みしめ、仕事のモチベーションを一層高めています。「地域の方々が頑張っている姿や笑顔に、逆に勇気をいただいています」との声も。こうして、お互いに心を通わせ合いながら、「赤いエプロンプロジェクト」は続けられてきました。
最後に、東日本大震災から5年を迎えるにあたり、味の素㈱の西井孝明取締役社長にプロジェクトのこれからについて伺いました。
3.11当時、味の素㈱の人事部長の任にあった氏は、自ら味の素スタジアムの炊き出しや、三県の被災現場に足を運び、全社・全グループ的な応援態勢づくりに尽力してきました。「プロジェクトの当初から関わらせていただいたので、思いはひときわ深いのです」と、まずこれまでを振り返ります。
「私自身も参加させていただき見えてきたのは、一緒に料理をつくりテーブルを囲んで語り合うことが、体だけでなく心も健康にしてくれる。コミュニティの原点がここにあるのだとわかりました」
「これを支える主役は、地元の栄養士や社会福祉協議会、食生活改善推進員協議会、仮設住宅自治会を運営される方、そして行政等、地元の皆々様。私どもはあくまでもサポーターです。そういう形で参加させていただくことを通じて、栄養、地域、高齢社会、災害時のサポート等、さまざまなことを『勉強』させていただき、感動して帰ってきます。被災された方、これを支援する現地の方々、そしてサポートさせていただく私どもが、お互いに力と喜びを分かち合える。そんな関係が生まれたこのプロジェクトはとても貴重だと思います」
また、社長は目を細めながら話します。
「私どもの従業員が一所懸命にボランティアに取り組んでいます。こんなに真剣な姿を見る機会はなかなかありません。それはこの活動が人間性に根ざしているからでしょう。自分の時間とお金を使ってボランティアに出かけ、しかもいきいきとして帰ってくる。ボランティアの次の順番が回ってこないと、『どうなってるんですか』と問い合わせがあるくらい。素晴らしいことです」
プロジェクトの意義についてこう振り返ったあと西井社長は、5年経ち状況が変化したことで求められる、プロジェクトが進化する形について3点挙げます。
「復興が進むとともに、新たな変化が生まれます。被災された方々が仮設住宅から復興住宅に移ることで、仮設住宅で築かれたコミュニティが分散して、再び孤立する高齢者の方も出てきます。こうした新たな課題に対応する進化が必要です」
次に、「地域の産業興し」です。「たとえば世界三大漁場のひとつ金華山沖を擁する三陸では、水産加工産業が大打撃を受けました。味の素グループはこれまでも宮城県産水産物の『地産地消』を応援してきましたが、今後はさらに『地産他消』による『産業興し』をお手伝いさせていただきたい」。
さらに、進化形として西井社長が挙げるのが、「東北応援で蓄積してきた『栄養改善』の取り組み(減塩やロコモ予防)を、被災地だけでなく、他の地域でも役立たせていただきたい」ということ。
このように、プロジェクトの進化形を示す西井社長は、次のように話を結びました。「『仮設住宅がなくなるまで』というメルクマールを掲げたこの『赤いエプロンプロジェクト』は、今さらにその形を進化させつつあります。プロジェクトで培われたノウハウをさらに活かし、地域の皆様とともに各地域に根差した価値を『共創』して、ぜひ貢献させていただきたい」
こうして今日もまた、「ふれあいの赤いエプロンプロジェクト」のトラックが「あたたかい気持ち」を載せて元気に出発します。