世界でも類を見ない超高齢社会に突入した日本。いまや健康寿命の延伸は最重要課題です。このテーマに「栄養」から迫るエポックメイキングなシンポジウムが、9月下旬福岡市で開かれました。第62回日本栄養改善学会学術総会の中で、味の素㈱が共催したプログラムです。「産官学連携」による「栄養」が謳われた総会とシンポジウムの模様をレポートします。
日本栄養改善学会は、「栄養学と健康科学の振興を図り、エビデンスに基づく実践栄養活動により、国民の健康増進に寄与すること」を目的とします。
その第62回となる学術総会が9月24~26日に福岡国際会議場他で開かれ、管理栄養士、栄養士をはじめとする健康・医療分野の従事者が集いました。今総会のテーマは「実践栄養の連携と展開~食べることは生きること、繋がること~」です。学会挨拶では「高齢化の進展にともなう医療・介護費の負担増を軽減し、健康寿命延伸を実現させる」ために、「実践栄養学がますます重要」と呼びかけます。今学術総会の早渕仁美会長(公立大学法人福岡女子大学 教授)が強調するのは、これを「産官学の連携」で取り組むことです。
こうした中で、最終日9月26日に実現したシンポジウムが「ロコモティブシンドロームと骨粗鬆症の現状、そして栄養の課題」で、高齢化に伴い増大する疾患と栄養の問題について考えるものです。日本栄養改善学会が、日本整形外科学会、日本骨粗鬆症学会と合同し、味の素㈱が共催して開かれました。韓国からの招聘も含め、分野の異なる専門家が一堂に会し、まさに「学際的・国際的なシンポジウム」となりました。
各分野からロコモ・骨粗鬆症対策について提言
岩本幸英先生(九州大学大学院医学研究院 整形外科学 教授)と上西一弘先生(女子栄養大学 教授)が座長となり、前半は6人のシンポジストの講演がありました。まずその要旨から紹介しましょう(以下、講演・発言要旨の文責「Healthmore」)。
●「ロコモティブシンドロームの概念と臨床判断値」
大江隆史先生(ロコモ チャレンジ!推進協議会 委員長、NTT東日本関東病院 整形外科主任医長)
「日本整形外科学会は2007年にロコモ(ロコモティブシンドローム、運動器症候群)を提唱した。高齢化が進み運動器障害をもつ患者数が急増する事態に対処するためだ。ロコモとは『運動器の障害のために移動機能の低下をきたした状態で、進行すると介護が必要になるリスクが高まる』と定義し、以降『ロコチェック』(7つのチェック項目によるロコモの自己診断ツール)と『ロコトレ』(ロコモーショントレーニング:ロコモを防ぐ運動)、『ロコモ度チェック』を順次発表。今年は予防医学的見地からロコモ度を判断して予防や悪化防止を図る臨床判断値を設定した。『健康日本21(第2次)』では、ロコモの認知度を10年後に80%、と目標が決められた。2011年の13%が、直近調査では44.4%に上がった。2022年の80%を目指して広めていただきたい」。
●「老年症候群と骨粗鬆症」
浦野友彦先生(東京大学医学部附属病院老年病科 講師)
「老年症候群とは『加齢に伴った心身の機能の衰えによって現れる身体的・精神的諸症状、疾患の総称』で、骨粗鬆症もそのひとつ。要介護の原因は、骨折・転倒と関節疾患を合わせると一番多い。骨粗鬆症は骨量の低下に伴う骨の脆弱性が亢進することで骨折のリスクを高める。『フレイル』(高齢期に生理的な予備能が低下することでストレスに対する脆弱性が亢進し、生活機能障害、要介護状態などに陥りやすい状態)は、自立と要介護・障害の中間に位置するが、可逆性があるので戻すこともできる。早期発見と適切な介入で、生活機能の維持・向上を図ることが求められる」。
●「ロコモティブシンドロームとサルコペニア」
若林秀隆先生(横浜市立大学附属市民総合医療センター リハビリテーション科 診療講師)
「サルコペニアとは『加齢・活動量の減少・栄養不足・疾患による筋肉量・筋力・身体機能の低下』をいう。これに該当してロコモに該当しない人はほぼいない。サルコペニアもロコモの原因の一つであり、その治療は原因により異なるが、加齢による場合は運動に加えて栄養管理がポイントで、栄養は特にロイシンを多く含むアミノ酸の摂取がよい。サルコペニアの治療に有用であるリハビリテーション栄養は、障害者や高齢者のパフォーマンスを最大限に発揮する栄養管理の考え方。栄養改善の最終ゴールは栄養改善によって当人の身体機能や社会参加の向上をもたらすこと。そこに目を向けた栄養改善に取り組んでいただきたい」。
●「ビタミンDの摂取基準と必要量」
上西一弘先生(女子栄養大学 教授)
「ロコモに負けない体づくりには、たんぱく質やカルシウムなどが重要だが、ここではビタミンDについて話す。ビタミンDは平均値でみると、日本人は摂取基準についてはクリアしている。ただ、食品からの供給とあわせて、紫外線を浴びることで皮膚でもつくられる。したがって食品からの摂取量のみでは、正しい評価ができないとも考えられる。日本人のビタミン摂取量は問題ないようにみえるが、血清25(OH)D(ビタミンDの代謝物)で評価すると必ずしも良好とはいえない。今後はビタミンDの栄養状態と摂取量、紫外線曝露の時間と量をあわせた検討が必要だ」。
●「骨折予防としての栄養指導および知識の啓発と骨粗鬆症リエゾンサービス」
石橋英明先生(医療法人社団愛友会 伊奈病院整形外科部長)
「75歳以上の人口が増えると、骨粗鬆症患者や大腿骨近位部骨折も急増する。骨折の低減は超高齢社会の重要課題であり、ロコモ、骨粗鬆症の対策が必要だ。骨粗鬆症治療に有効な方策は、普及・啓発と骨粗鬆症リエゾン(連携)サービスのふたつ。昨年誕生した『骨粗鬆症マネージャー』が関わる、多様で密な情報共有と治療の連続性が期待される。ロコモと骨粗鬆症の予防・治療での栄養の要諦は、カルシウム、たんぱく質、ビタミンD、ビタミンKが不足しないバランスのよい食事であり、患者さんや一般の方々に、対策の必要性と有効性をいろいろな場面でお伝えいただきたい」。
●「Epidemiology and Nutritional Guideline of Osteoporosis in KOREA」(韓国における骨粗鬆症の現状について)
李連淑先生(ソウル大学 名誉教授)
「韓国の65歳以上は2015年に14%に近づき、2050年には日本と同様40%近くに達し、韓国も超高齢社会に突入する。高齢者にとって大きな問題は、おもにメタボ、骨粗鬆症、ロコモ。ただ、韓国ではメタボ、骨粗鬆症には関心をもつが、ロコモはまだあまり知られていない。予防には、政府、地域、個人が協力するシステムづくりが必要。正しい栄養と健康な生活様式、一生にわたるカルシウム、ビタミンD、たんぱく質の摂取が大事。それを広めるのは栄養に携わる管理栄養士さんの役割だ」。
「栄養が『日本の未来』をつくる」
続いて「総合討論」に移り、各シンポジストから管理栄養士、栄養士の皆さんに特に伝えたいメッセージが話されました。
・大江先生
「ロコモ度を測るわかりやすい物差しがつくられたので、高齢になる前から運動器の衰えに気づき、対策をとり、健康寿命の延伸に向けていただきたい」。
・浦野先生
「高齢者には、自立した人も、要介護の人もいて、その中間に位置するフレイルの人には栄養指導に重点を置いて、自立の方に戻せるようにしていただきたい」。
・若林先生
「栄養管理にあたっては、ぜひ筋肉、身体機能やQOL(quality of life)を意識していただけるとうれしい」。
・石橋先生
「最も大きな問題は高齢化であり、医療、福祉、保健に関わる人々はこれを基本に対策を考える必要がある。ロコモ・骨折予防に向けた栄養(たんぱく質、カルシウム等)への取組が『日本の未来』をつくると信じて、仕事をしてください」。
・李先生
「若いときの栄養状態が悪いと、それが数十年後に出てきて、骨粗鬆症、ロコモの問題になる。管理栄養士の皆さんには、青少年や成長期の栄養に注目して改善を図っていただきたい」。
このあと、会場からの質問・提言の時間も設けられ、最後に岩本幸英座長から「まとめ」がありました。「素晴らしい充実したシンポジウムだった。各先生それぞれの立場から話をいただいたが、共通するのは、ロコモ、骨粗鬆症は高齢者の問題として知られているが、若いときからの取り組みがきわめて重要であるということ。そして『栄養』が非常に重要な鍵であるということ。今後管理栄養士、栄養士、日本栄養改善学会の皆さんとのコラボによって、この問題が改善していくものと思う」。
こうして、満場の拍手の中、意義深いシンポジウムの幕が閉じられました。
なお、このシンポジウムはランチョンセミナーとして設定され、お弁当は味の素㈱が成分分析等で協力をした「松花堂減塩ヘルシー弁当」が提供されました。
高まるロコモ予防の意識に手応え!
実は、今回と同趣旨のシンポジウムは、昨年8月の第61回日本栄養改善学会学術総会でも開催されています(横浜市)。同学会と日本整形外科学会、日本骨粗鬆症学会が共催し、味の素㈱が協賛したものです(テーマは「ロコモティブシンドロームと骨粗鬆症における栄養改善の重要性」)。
協賛、共催と2年続けてサポートしてきた味の素㈱に話を伺いました。
「私どもは日本整形外科学会、日本骨粗鬆症学会と、日本栄養改善学会との橋渡しを微力ながらさせていただき、昨年に続き今年もシンポジウム開催に至りました。高齢社会で『栄養』がいかに大事かということが、各先生方から示されました。今回特に強く感じたのは、管理栄養士、栄養士の皆様の関心が数年前より遙かに高まり、昨年よりもロコモやサルコペニアへの認知・理解が進み、フレイルにも高い関心が寄せられるようになったことです。私どもがこのような応援をさせていただいているのは、『どうすれば健康寿命を延ばせるのか』というわが国の重要課題を見据えているからです。 味の素㈱はたんぱく質、アミノ酸を活用した栄養の提案をさせていただいていますが、私どもの知見を活かし、健康寿命の延伸と高齢者のQOL向上に寄与したい。たしかに時間がかかるかもしれませんが、その目標をしっかり見据えて息長く続けるのが私どもに課せられた重要な使命と考えています。今回のシンポジウムで、その手応えを改めて感じることができました」(味の素㈱アミノサイエンス事業本部ウェルネス事業部企画グループ長の重宗之雄氏)。
「産官学の連携」が必須!
第62回日本栄養改善学会学術総会の早渕仁美会長が総会冒頭の会長講演でも明らかにしたように、「健康日本21(第2次)」の最上位目標は「健康寿命の延伸と健康格差の縮小」です。生活習慣病の発症予防と重症化予防の対策が不可欠な中、新しいエビデンスを踏まえた「実践栄養」の役割がますます重要になり、この課題解決に「産官学の連携」が必要と早渕会長は強調しています。「産(民間)」、「官(国・地方公共団体や公的試験研究機関)」、「学」の連携が強く求められるところです。
たとえば味の素㈱では、日本が超高齢社会を迎えるにあたり、アミノ酸の知見を高齢者の健康寿命延伸に役立てるため、1999年からアミノ酸の効果を確認する実践的な研究を、米国テキサス大学と共同で進めてきました。他にもさまざまな大学、研究機関とともに研究、商品開発に取り組んでいます。
このように、「学」と組んで研究開発を進め深い知見を蓄積する「産」(企業)と、「官」(自治体)が連携すれば、超高齢社会をより豊かで持続可能な社会とする道も大きく開けてくるのではないでしょうか。